私はいつも「柔らかさの中にこそ本当の強さがある」と言っています。もしかしたらその強さは、風のような自然の流れの中にこそ秘められているのかもしれません

■「頑張らない」から上手くいく -講談社-

私はいつも「柔らかさの中にこそ本当の強さがある」と言っています。もしかしたらその強さは、風のような自然の流れの中にこそ秘められているのかもしれません

私がよく言う言葉の中に、
「心温かきは万能なり」
という言葉があります。

心が温かければ、
まわりの人も温かくすることができます。

心が温かければいろいろなことに気づき、
可能性の枠を広げていくことができます。

心は熱すぎても、
冷たすぎてもいけません。


by. 桜井章一氏

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“ほんのりと温かい”くらいがちょうどいい。

体温が36度前後という適温があるように、
心にも適温というものがあるのです。

人の体は触れ合えば温まります。

心も体も一緒で誰かと触れ合えば温まりますし、
触れ合いを避けていれば冷たくなっていきます。


by. 桜井章一氏

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どこか冷たいように見える子どもというのは、
その子自身が冷たいのではなく、
何か心に引っかかるものがあり、
人との触れ合いを避けているから冷たく見えてしまうのです。

子どもというのはあるがままが一番です。

あるがままでいれば心を適温で保っていられます。

しかしそこに大人の熱っぽさや冷たさが加わることで、
子どもたちは適温の状態からどんどんと離れていってしまいます。


by. 桜井章一氏

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いわゆる”教育ママ”と呼ばれる人たちは、
ゴシゴシと子どもを擦ることが愛情だと勘違いしています。

擦りすぎから生じる摩擦熱は、
子どもの中に溜まっていきます。

この状態は噴火前の火山とよく似ています。

火山は、マグマだまりが許容量を超えた時に爆発を起こします。


by. 桜井章一氏

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子どももそれとまったく同じです。

端から見ると何事もないように見える子でも、
実はその内側にどうしようもない不満を抱えている。

そしてその不満が許容量を超えた時に、
心がポキリと折れ大爆発を起こすのです。

子どもを擦りすぎてしまう親は、
その視線の先に子どもではなく社会を見ています。


by. 桜井章一氏

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■勝負の格言 -宝島SUGOI文庫- 信念もあまりいいことではないと思います。 本当に不変なのは、 絶え間なく変化してやまない ...

とにかく親がひとりで勝手に焦っている。

そして「頑張れ、頑張れ」
と子どもの一部分だけを必死に擦っている。

親が社会ではなく、
子ども自身を見つめてあげるようにすれば、
子どもの心は適温でいられます。

心の触れ合い、体の触れ合い、
いろんな触れ合いを通して、
子どもを温めてあげることをどうか忘れないでください。


by. 桜井章一氏

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文明の発展してきた理由のひとつが利便性の追求です。

「便利になる」ということは、
その裏側に何百倍、
何千倍もの複雑さを生じさせるということです。

つまり今の世の中は表面上はシンプルに見えても、
その裏側はとても複雑になっているのです。

複雑さに価値観を置き、
単純なものは低俗とされる。


by. 桜井章一氏

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現代社会で人々を混乱させている一番大きな存在は情報です。

現代人は元来人間に備わっている直感というシンプルな感覚を蔑ろにしてしまっているのです。

人間がいい意味で単細胞であるためには、
どんなものでも複雑さに囚われないことが肝心です。

情報や知識といったものを食べすぎない。


by. 桜井章一氏

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■勝負の格言 -宝島SUGOI文庫- 「相互感」は相手の変化だけをとらえるのではダメです。 相手の変化だけにとらわれると 自分は...

精神を肥大化させる情報を制御したいなら、
まずは情報というものに疑いを持ち、
信じすぎないことです。

そういう感覚を持っていれば、
「ここから先は違うな」
「このくらいでやめておこう」
と歯止めをかけることができます。

胃のお腹いっぱいは本人が気づけますが、
頭のお腹いっぱいは本人では気づくことができません。

ただ、私の考えとしては地に足を着けながらも、
感覚としてフワフワと浮いているようなほうがいいと思っています。


by. 桜井章一氏

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フワっとした感覚を持っていれば、
目の前で起こった変化にも柔軟に対応することができます。

自然の流れによって漂っているのであればまったく問題はない。

私は風の流れに乗るように、
フワフワ漂いながら生きていきたいのです。

風が起きれば流され、
止めば立ち止まり。


by. 桜井章一氏

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ベタッと地に足を着けることなく、
風のままに生きていたいのです。

風が人のまわりを流れ、
過ぎ去っていくように、
時も止まることなく人のもとを過ぎ去っていきます。

「あの頃に戻りたい」
「あの頃はよかった」
と過去を懐かしむ気持ちも分かりますが、
本来は時に対しても、
風に吹かれるような感覚を持っているのがいいと思います。

私はこの年になるまで、
風に吹かれるように生きてきました。


by. 桜井章一氏

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■運を支配する -幻冬舎新書- 成長できなければ、 苦境に陥ってもそこから抜け出す力は持てないし、 仕事においても人間関係にお...

どこへ辿り着くのかも分からない。
風任せの人生……。

だからこそ過去に囚われることなく、
変化に対応しながら、
いろんな出会いの中で納得いく人生を歩んでくることができました。

地に足を着けて多くを求めるとそれだけで体は重くなり、
フワフワと浮いていることはできなくなります。

止まればそこに囚われが生じます。


by. 桜井章一氏

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囚われはこだわりとなり、
こだわりは人の心を固くします。

私はいつも「柔らかさの中にこそ本当の強さがある」
と言っています。

もしかしたらその強さは、
風のような自然の流れの中にこそ秘められているのかもしれません。

風は吹き続けているということはありません。


by. 桜井章一氏

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風が吹けば流され、
止めば立ち止まり。

そんな生き方には変な力みもありませんから、
柔軟な対応も可能となるのです。

直立不動で力んでいたらいつか硬くなって身動きがとれなくなり、
何かあったらボキっと折れてしまうようなことになりかねません。

風任せで生きていれば、
傷つくことはあっても折れることはありません。


by. 桜井章一氏

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