わが道を生きるとは、われを見捨てず、われを人任せにせず、われを知ること。「土に還る」というのは、基本に還る、初心に立ち戻る、普通になるということです

■桜井章一の「ぶれない生き方」 -PHP研究所-

わが道を生きるとは、われを見捨てず、われを人任せにせず、われを知ること。「土に還る」というのは、基本に還る、初心に立ち戻る、普通になるということです

私は、あらゆる権力や組織の論理など、
血の通わないものには従いません。

そういうものに屈することはない。

私は、ただあるがままに、
ありのままに、
私のままに生きたいと思っています。

それは、楽しみを持って生きることでもあるし、
温かさを大事にして生きるということでもあります。


by. 桜井章一氏

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わが道を生きるとは、
われを見捨てず、
われを人任せにせず、
われを知ること。

楽しい人生というのは、
そんなところにあるのではないでしょうか。

自分の内面が豊かになり、
楽しければ、
この世もきっと楽しいものになるでしょう。

私は常識の枠の外に身を置いているので、
常識とはかけ離れた、
とんでもないことを言う親父だと思われるかもしれません。


by. 桜井章一氏

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ただ、私の生きざまを、
私の道を、そのまま読んで、
感じてもらえればいい。

それが私の「雀鬼流」なのです。

かつては天まで届きそうな大金を賭けた麻雀を打ち、
その体験から培ってきたものは、
重く、深く、私の身体に染み込んでいます。

しかし、それは私の「雀道」のマイナス点にすぎなかったようです。


by. 桜井章一氏

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人は、地から始めて、
まるで凧のように一歩でも点に近づきたいと願います。

牌の音には、
お金も名誉も賭けなくとも、
厳しさや楽しさや喜びという満足できるものが確かにあるのですから。

いったんは天の高く昇った凧も、
いつかは大地に還ってきます。

みんなはちょっと勝ち出すと天に昇っていこうとしますが、
それは調子にのって冷静さを失うことに通じます。


by. 桜井章一氏

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私は基礎のところへ戻ったし、
そのほうが安堵できた。

飛翔を終えた凧のように、
土に還るのは自然なことなのです。

「土に還る」というのは、
基本に還る、初心に立ち戻る、
普通になるということです。

しかし、多くの人たちは、
その気持を忘れてしまう。


by. 桜井章一氏

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■手離す技術 ~20年間無敗、伝説の雀鬼の「執着転換力」~ -講談社- 負けが込んでいるような状況でも、 円の感覚を持ち続けていれば、...

人間、「土に還る」という精神がないと、
ふんぞり返ってしまい、
平等・博愛・大衆尊重の気持ちのかけらもなくなるのです。

残るのは差別だけ。

だから、高い位置の人ほど恐怖心があり、
防衛本能がつのるのです。

しかし私は、
ごく自然に「土に還る」生き方をしています。


by. 桜井章一氏

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二五円しかポケットにない者たちと、
肩を触れ合って生きているのです。

お金のためではないからこそ、
熱心を通り越して、
真剣に彼らと取り組めるのです。

熱心はただの入口で、
真剣は人の生き方にかかわってくるもの。

真剣になるには、
たとえば、「冷静」と「勇気」というような、
相反することを同時に行う「合一の精神」が必要です。


by. 桜井章一氏

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それが雀鬼会イズムです。

「もし君らが真剣に麻雀を打ち、そのうえ勝ちたいなら、決して低いレベルの人に流れを渡すな。
自分よりレベルが高いと思われる人に流れを任せろ」

卓上の流れは、
航行する一艘の舟に似ています。

舵を取る者によって、
流れはいいほうにも悪いほうにも転びます。


by. 桜井章一氏

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■手離す技術 ~20年間無敗、伝説の雀鬼の「執着転換力」~ -講談社- 私からの提案は、 「負の部分を確認したら、それをまわりの人たち...

質の悪いほうに流れていってしまうと、
たとえ一人がどんなに正統派で打とうと、
淀んだところへ行き着くことになります。

ところが、人は、
自分よりも力があって質のいい人を恐れます。

そして、己の持つ質を落としてまで悪い質の人に合わせ、
流れを渡してしまう。

もし、強くなりたいのなら、
自分よりまっとうな力のある者に負けなさい。


by. 桜井章一氏

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真の実力を知る、
つまり己を知ることが強くなる道です。

そして、目先の勝利よりも内容ある高度な麻雀を志すことが大切です。

勝とうという意識が先にきてはいけないのです。

低いレベルで勝っても、
それは価値のある勝利ではないのです。

政治もビジネスも同様です。


by. 桜井章一氏

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温かい人間になるためには、
濃いつき合いを実践していかないといけません。

一つかかわりが加わるということは、
それだけやることが多くなったということです。

人生という時間はたしかに有限ですが、
これまでのこともしっかりやったうえで、
一つ増えたこともやるのです。

一つ増えたら他のことができなくなったというのでは。
元のままということです。


by. 桜井章一氏

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そうではなく、やることが増えるということは、
それだけありがたいということです。

私は、やることだらけでとても幸せですし、
かかわる人間が沢山いるということでも、
こんな喜びはない。

濃い人間関係が生じることにより、
いろんな問題も起きますが、
それらを一つひとつ解決する喜びを感じています。

何ごとも自分のほうから楽しむ気持ちを持てば、
つらいことは薄まるのです。


by. 桜井章一氏

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「来る者拒まず、去る者追わず」
などと世間では言いますが、
私の場合は、
「来る者選び、去る者追わず」
という感覚です。

ただし、何かを得られるからという基準で人を選んでいるわけではありません。

来る者を選ぶ、選ばないの決め手は、
しいていえば、
その人に素直さと勇気があるかどうかなのです。

上の者がやっていることに気づく、
下の者がやっていることに気づく、
客の動きや気持ちに気づく、
己にも気づく。


by. 桜井章一氏

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それが「気づかい」ということです。

人間関係には、
気づかいがとても大切です。

それは無責任から生まれるのです。
責任感の強い人はほったらかしができません。

つまり、気づかいとは、
自分のことはもとより、
他人様をほったらかしにしないということなのです。


by. 桜井章一氏

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