■雀鬼と陽明 ~桜井章一に学ぶ心の鍛え方~ -三五館-
麻雀には、人間の意志とは関係なく、麻雀の<流れ>というものがある。強さとは<流れ>に沿って行く能力であり、敗れる者は自分の<欲>で敗ける
桜井は、脇に置いてあったお膳から塗り箸を一本手にした。
塗り箸の鋭利なほうを、
座椅子にあぐらをかいていた左足のふくらはぎにひそかにグイと突き立てたのである。
眠くなると、
突き刺さったままのその塗り箸を、
これでもかといわんばかりに引き回した。
その度に流れ出る血は、
ズボンをしとどに濡らし、
足下の座布団に吸い込まれていった。
そのときの傷は今に残っている。
by. 桜井章一氏
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「勝負は勝負。
お前ら、負けた分幸一さんにきっちり払いな。
男を売る稼業なんだろう。
負けたときぐらい、
いさぎよくしろよ。
どうなんだ」
by. 桜井章一氏
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ヤクザたちには、
彼らなりの優れた嗅覚があった。
勝てないどころか、
予測をはるかに超えた打ち手である以上、
桜井の後ろには自分たちよりもはるかに大きなバックがいるだろうという読みと、
恐怖感があった。
後でわかったことだが、
実はその親分の背後に、
佐田さんの顔があった。
桜井から、
軽井沢で大きな勝負の代打ちをすると聞いていた佐田さんは、
最悪の事態を察知してそれとなく手を回してくれていたのだ。
by. 桜井章一氏
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一週間後、桜井は大使館ナンバーの車に乗っていた。
初めての妥協だった。
これまでの勝負のときとは、
なにもかもが全く違っていた。
仕事内容はもちろん、
相手の情報が全くなかったし、
いつもの勝負当日へ向けてのコンディション作りは行われなかった。
ただ漠然とその場所へ臨んだのだ。
by. 桜井章一氏
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裏プロ同士の闘いでは、
裏技を見破って、
そのことを口に出して指摘したり、
相手の手を摑んだり、
山を壊したりすることは恥とされた。
技をかけられたら、
裏技でやり返すというのが、
マナーであった。
そして、ツキや偶然では、
勝負は決まらず、
技の多さ、
冷静さなどの真の実力がものをいった。
鈴銀の下家は、
本来は南家だが、
今回は世界共通の右回りというルールだったので、
桜井はラス親(北家)になっていて、
戦意は空回りするし、
不利な闘いをしいられていた。
by. 桜井章一氏
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<あ、四番じゃ、
俺が打つ前に勝負が終わっちゃう>
そういう思いに駆られるのは、
三人が三人ともこれまでにない、
すごい打ち手だったからである。
洗牌一つをとってみても、
鈴銀の牌さばきの素早さには目を見張るものがあった。
鈴銀の「寄せ」には、
「散らし」で対抗するのだが、
スピードが間に合わないのである。
by. 桜井章一氏
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また、鈴銀のスリカエはまさに神技であった。
三人は、
魔物か妖怪のような鈴銀の前に苦戦をしいられていた。
<今度ばかりは、負けるかもしれない>
と、このとき初めて負けを覚悟した。
鈴銀の積み込み防止のために、
忍者や桜井によって「払い」
という手法が取られた。
by. 桜井章一氏
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「寄せ」とは逆に、
相手の前に牌を多くすることで、
積み込みにくくするのである。
暗黙のうちに、
鈴銀の一人勝ちをストップさせようと、
連係プレイがとられていた。
その隙に、
二人に助けられて外交官が山を仕組んでいた。
結局、鈴銀の素人的な小さなミス、
思い違いがきっかけになり、
この局では外交官が和了った。
by. 桜井章一氏
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早く終わらせたい、
という心理が災いしていた。
三人の連係プレイへの恐怖が、
焦りを引き起こしていた。
そして鈴銀は死んだ。
「麻雀には、人間の意志とは関係なく、
麻雀の<流れ>というものがある」
by. 桜井章一氏
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平常心が維持出来てさえいれば、
その麻雀の<流れ>と一体になって、
勝負を進めることが出来る。
「強さとは<流れ>に沿って行く能力であり、
敗れる者は自分の<欲>で敗ける」
桜井は、
外交官の見事な洗牌と山積み、
艶やかさに感嘆した。
東二局を迎えた。
桜井は、この局を勝負所と判断し、
「国士」の爆弾積みを試みた。
by. 桜井章一氏
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対する外交官は、
国士を狙った「元禄」と「抜き」
の積み込みであった。
桜井は、この日初めてサイを振った。
そしてこの局で桜井は、
「リーチ一発ツモドラ三のハネ満」
で初和了した。
忍者の「抜き技」は素晴らしかった。
by. 桜井章一氏
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これまで出会ったどんな職人より、
ずば抜けていて、
芸術そのもののように思えた。
外交官の点数を減らしたいのだが、
この局は忍者と外交官のマッチレースであった。
鈴銀によみがえって欲しかった。
桜井は外交官の一発ツモ和了を阻止しようとベストを尽くしたものの、
うまくいかず、
万事休すの局面を迎えてしまった。
by. 桜井章一氏
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が、土壇場で伝説のゴト師はよみがえった。
外交官の手が、
鈴銀の河(牌を捨てる場所)の上を通過する寸前に、
鈴銀の左手が河に伸びて、
外交官の指にぶつかったのだ。
「おっと失礼」
そういって、鈴銀は、
自分の河をきちんと並べなおしていた。
そのとき、外交官の指から「一萬」
がこぼれ落ちていた。
by. 桜井章一氏
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忍者が性懲りもなく一二枚爆弾積みを仕込んでいるとき、
外交官がサイを試し振りし、
グラサイ(一定の目だけを出すように改造したサイコロ)
であることを見破り、
別のサイとの交換を申し出た。
後で分かったことだが、
忍者は、
グラサイ使いの名人だったのだ。
おまけに忍者は、
外交官、桜井がそれぞれ配牌を六枚取ったことで、
仕込み牌を殺された。
桜井が満貫をツモ和了った。
忍者は、この局で死んだ。
by. 桜井章一氏
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待ちに待った桜井の親番である。
鈴銀をよみがえらせないことが肝心だった。
そして、この治外法権麻雀とは、
仕掛けも和了りも親が主導権を握っていたが、
親一人対三人の子の闘いであった。
<この回を逃したら、もう親は回ってこない>
というより、それは初めての敗北を、
そして引退を意味していた。
この一〇数年の仕事の中で、
最大のピンチを迎えていた。
by. 桜井章一氏
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が、桜井は、
ますます神経がピリピリと研ぎ澄まされてくるのを感じていた。
桜井は、タバコを吸いながら、
そのタバコを持った左手の掌中に牌を隠し持つという得意技で、
「国士無双」の一三面待ちを和了った。
桜井の体内の熱は三九度に達し、
自身がみなぎってきた。
このとき鈴銀は、
<敵は、桜井一人>
と判断した。
by. 桜井章一氏
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つぎの局で、
鈴銀は桜井の予想をはるかに超えたスーパー・トリプル(地和・大三元・四暗刻)
役満の仕込みで桜井に対抗した。
が、桜井は、
「天和」で和了り、
得点を五三点とした。
鈴銀は、得意の三元爆弾を積み込んだ。
しかし、桜井オリジナル技、
ピンズ使いの「ダブル元禄」で和了り、
得点は七七点になった。
by. 桜井章一氏
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この技以外にも、
彼自身が考案し、
彼しか使えない技を一〇数種類持っていた。
桜井は、三人の共謀を防ぐために、
これまで三人が見たこともない技の仕込みに入っていた。
鈴銀は、親落としの基本の
「スピード優先」の仕込みを、
外交官は、「ダラ爆」をダブルで用意し、
忍者は抜き技用の牌を入れた。
三人のベタ積みによって、
手は高くはなくても早い聴牌が目指された。
by. 桜井章一氏
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<三、四巡目までが勝負だ>
桜井は、三回のツモで九枚をスリカエるという独自の大技
「千鳥爆弾(元禄爆弾)」を決めて、
九七点を獲得した。
何年も前から、
一牌多い四牌を手中にして、
手を動かさず牌を立てることを何千回となく繰り返していたのだ。
<鈴銀は、再度「地和積み」に違いない>
桜井が和了る前に和了るには、
地和しかないのだ。
by. 桜井章一氏
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そして桜井は、
前の局のとき、
すでにフィナーレの技を決めていた。
桜井は、サイの目一七を出すことによって、
配牌を鈴銀の山のカドにすることに成功した。
鈴銀は、これで動けなくなった。
外交官の抜き技も完全に封じた。
天運にも恵まれ、
ダブリーで和了った。
勝負は決した。
by. 桜井章一氏
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