■雀鬼と陽明 ~桜井章一に学ぶ心の鍛え方~ -三五館-
他の大切なところだけを見ようとするので、石ころの意味が分からなくなるんです。そして、見落とすということは、自分を裏切ることになるんです
「帰らせてください」
桜井は、そういって出口へ向かった。
勝つことの空しさを意識したからというもの、
勝った後は、
そこにいるだけで、
嫌になってしまうのだった。
しかも、帰宅して
「土に戻った」というのに、
後味の悪さはなかなか晴れなかった。
勝負では勝ちきっていたが、
初めて権力に負けたのである。
by. 桜井章一氏
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表を教えながら、
ある程度の裏芸も教えたのだが、
裏を知ることで表がよく見えてくるからであった。
自然に集まってくる牌だけを拾っていても、
なぜか山がしっかりできてしまうのだった。
単なるバカづきなどではなく、
天運と地運との絶妙なバランスのなせる技だった。
雀荘から雀荘へと渡り歩く熊は、
強敵が現れないかぎり、
その雀荘に居座っては客を食い殺し、
強敵が現れればつぎの雀荘へ流れて行くのだ。
by. 桜井章一氏
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常連はカモられては、
客が寄りつかなくなってしまうわけで、
雀荘は裏プロの用心棒にお願いすることになる。
裏プロのルールというのがあるように、
恥をかかせないで引き取っていただくというマナーもあった。
桜井は、熊の卓に加わると、
一番被害の大きな客に、
「国士無双」の一三面待ちを仕込んであげたり、
お店のお茶くみの女の子を卓につかせ、
「天和」を和了らせたりするのだ。
一、二回戦、桜井側は、
和了っても手を崩して、
ニセモノの一人勝ちを許した。
by. 桜井章一氏
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三回戦から、
桜井は猫をかぶるのをやめた。
鮮やかな牌さばきで「大三元」で和了り、
口も流暢にしゃべった。
猫どころの騒ぎじゃない、
虎に変身していた。
四回戦で「九蓮宝燈」を決めた頃には、
ニセモノの顔から血の気が引いて、
指先が震えていた。
by. 桜井章一氏
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弟子という触れ込みの若者は、
目に涙を浮かべていた。
桜井は、
「ああ、いいですよ。
もう桜井章一とかいう名前は使わないほうがいいみたいです。
ご本人にいつ会わないともかぎらんですから」
と、とぼけていった。
「ちょっと牌、積んでみろ」
「伊藤!」
と桜井がつづけた。
by. 桜井章一氏
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「お前の山開いてみろ。
全部ソーズだから見てみろ」
<そんな馬鹿な……>
「こういうのがイカサマっていうんだ。
俺の山の中に入れるんじゃないんだ。」
「お前が自分の手で積んだ中に、
俺が仕込ませんたんだ」
by. 桜井章一氏
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<会長の山から取ってきたわけじゃないのに、
なんでこうなるの?>
伊藤は、自分の意志で積んだつもりが、
いつのまにかそこには桜井の意志が入り込んでいたのである。
「お前たち、まだ一〇〇年早いんだ。
もうお前ら消えろっ」
桜井は、配牌を取り終わって一言、
ドスのきいた声でこういった。
by. 桜井章一氏
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「ハイ、天和で一万六千オール。
ドラ三つは無関係だな」
そして、鮮やかな手つきで洗牌をはじめた。
すでに、三人とも無口になっていた。
続けて、「大三元」「四暗刻」「清老頭」
「国士無双」「大四喜」「字一色」
「緑一色」「九蓮宝燈」
の役満八種類を和了り切っていた。
「本来ならオトシマエつけて貰うんだが、
まあいいや。」
「それより、世の中にはいろいろな人がいるんだから、
あんまり女の子なんかいじめるなってことよ。
おばさんだって迷惑してるんだぜ」
by. 桜井章一氏
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「石ころが、俺の視界に、いや意識の奥に入ってきたんだ。
一瞬思ったんだ。
その石ころを、右端に移して置きたい、と」
しかし、そう思いながら、
桜井はそのまま一〇〇メートルほど通り過ぎていた。
「あっ、あれやっておかなきゃいけないんだ!」
by. 桜井章一氏
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桜井はその石ころのあるところまで戻り、
端に寄せたのである。
<もし、そのままにして通り過ぎたなら、
自分の気持ちに嘘をついたことになる。
引き返して石を端に寄せることによって、
自分が自分自身を信頼する、
自分に対して信頼がおけてくる>
by. 桜井章一氏
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「武道家の場合は、
相手の目だけ見ているのではなくて、
さらに相手の体やその周囲の状況、
側に落ちている小石まで見ているのです。
ところが、一般的に、
人間は集中して一個のものだけしか見ていないんです。
それを、集中力だと思ったり、
人間は一つのものだけしかとらえられないというふうに教わったりして、
そう思い込んでしまっているのです。」
by. 桜井章一氏
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「<あ、そこの石ころ邪魔だなあ>
と感じるわけですが、
私は道に転がっている石ころをカメラマンと同じ目で見てるわけです。
その石ころの大切さが分かってくるわけです。」
「そこにある石ころは、そこに、
真ん中にあるべきじゃない、
もっと端にあるものだ、と。
普通であれば、
カメラで写そうとするときには、
それに気づいて、
石ころをどけようとするのに、
日常生活の中ではそれを怠ってしまうのですね。」
by. 桜井章一氏
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「麻雀を打ったときに、
やはり石ころに相当するものがあるんですが、
私の場合は、
それを自分でやっていかないと、
それに気づかなくなる、
それを退けることができなくなるんです。
他の大切なところだけを見ようとするので、
石ころの意味が分からなくなるんです。」
「みんなが見落とすその石ころまで、
私は大切なものとして見ているわけだから、
みんなと見る目が全然違うんですね。
みんなには見えないものを見たりとかね……。」
「そして、見落とすということは、
自分を裏切ることになるんです」
by. 桜井章一氏
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桜井は、二〇歳代半ばの頃からいつも自分の師を探し求めていた。
麻雀や人生の師と呼べる人を求めて、
麻雀を打ちつづけてきたのだといえるだろう。
桜井は、モーさんのことを先生と呼び、
真摯な気持ちで師匠になって欲しいと頼み込んだ。
「一本の矢より三本の矢が強いのは毛利元就の故事にもあるが、
俺はそいつが嫌いだったから一本の矢でやってきたんだ。
それでも見てのとおり五体満足だろう。」
「ということは、誰にも頼らなかったからだぜ。
仲間とつるんだり、
組織に入ったりすると、
かえってヤバイのは桜井さんも承知じゃないのかい」
by. 桜井章一氏
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