■「人生を変えるシンプル思考」77 ~”20年間無敗の雀鬼”が明かす77の思考~ -宝島社-
仕事は絶えず理不尽なものを抱えざるをえないのだ。いつも”素”でいるのが一番だと思っているからだ。開き直りというのはいうまでもなく、弱さの裏返しある
そもそも仕事に強い価値観を持たせるよう仕向けたのは、
そうしないと会社や経済が回らなくなって困る経営者など権力を持った人間である。
その意味では仕事は尊いという考え方は、
一つの思想であり、
宗教であるといってもいいだろう。
だが、労働を美化し、
仕事に何よりも価値を置くと、
人間の立場は仕事の奴隷のようになってしまう。
森や川で狩猟採集をして暮らしていた頃の人間は一日せいぜい2~3時間くらいしか働かなかったそうだ。
by. 桜井章一氏
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いまは特定の会社をやり玉にあげてブラック企業と騒ぎ立てているが、
そもそも会社組織はどこでも多少なりともブラックで理不尽な体質を持っているものだ。
というのは経営者の論理、
従業員の論理、
取引先の論理、
消費者の論理はみなそれぞれ違う軸足を持っているからだ。
当然それが混じり合うところではさまざまな矛盾や不合理なものが生まれるにきまっている。
そういう構造のなかで仕事は成り立っていることを認識しておく必要はあるだろう。
by. 桜井章一氏
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すなわち、仕事は絶えず理不尽なものを抱えざるをえないのだ。
こうしたことを考えていくと、
過度な幻想を仕事に対しては抱かないほうがいいと思う。
仕事に生きがいや喜びを感じることも大事だが、
一方で仕事はこのようなものという見切りもどこかでつけておくことは必要ではないだろうか。
いわゆる「間」が少ないのだ。
by. 桜井章一氏

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会話に見られるこの隙間のない感じは、
目を凝らすといたるところに見受けられる。
現代人の生活はモノと情報で隙間なく埋められているようだし、
仕事やプライベートを含めた生き方にしても絶えずいろいろな予定を入れて忙しく動き続けている印象が強い。
余白とは休憩であり、
充電であり、
リフレッシュであり、
新しいものを生み出すエネルギーの元となるものである。
生活や仕事のなかに余白や空白があっても、
そのままにしておくという感覚はできるだけ忘れないでほしい。
by. 桜井章一氏
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たしかに、人は日常生活でも仕事でも自分の役割や立場があるから、
そのときどきに応じて、
振る舞い方が変わるのは当たり前だ。
最近はこのように本音を隠して建前ばかりで生きている人が増えていると思う。
私は”演じる”ことを一切しない。
なぜならいつも”素”でいるのが一番だと思っているからだ。
by. 桜井章一氏
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あまりにも自分の素を押し殺していると、
間違いなく心は疲弊してくる。
素でいることは自分を解放することなのだ。
演じるのではなく、
自分の軸をしっかり持って臨機応変にその場、
その場で対応する。
ところが、のんびりした田舎へ行くと、
都会のようにうつむき加減に歩く人の姿はあまり見かけなくなる。
by. 桜井章一氏
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人の内面は体のちょっとした動作に表れるものだ。
気分が落ち込んでいるときは視野が狭くなっている。
目線をわずかに上げるだけで視界はかなり広くなる。
アゴの引き方をほんの少し変えるだけで、
海中の風景はまったく違った絵柄を見せてくるのである。
by. 桜井章一氏
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中間あたりに目線があれば、
すぐ近くにも、
あるいはずっと遠くにも一瞬で目線を移動することができる。
近視眼的に近くばかりを見ていれば全体をつかめないし、
かといって遥か遠い先ばかりを見ていては現実味のない夢や目標を追うことになる。
うつむき加減の目線をほんの数センチだけ上げる。
そしていつも少し先の中間あたりに目線をフォーカスする。
by. 桜井章一氏
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軸は生き方においても同様とても重要なものだ。
軸といったとき、
何か一本真っ直ぐに貫くものをイメージしやすい。
イメージ的にいえば、
360度クルクル回転しながら回っている宇宙ゴマのような感覚である。
つまり一本の真っ直ぐな軸だとある特定の状況なり、
条件でなければ対応ができないが、
宇宙ゴマのように360度回転する軸を持っていればいかなる状況、
条件でも柔軟に対応ができるのである。
by. 桜井章一氏
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だが、信念という軸を持つと、
信念に反するものがきたときに受け入れることができないし、
さまざまな変化にも対応できなくなる。
宗教でも原理主義者のように自分が信じている神が絶対だとなると、
他の宗教の神はインチキだし、
それを信じている信者は排斥しなくてはいけなくなってしまう。
それが360度回転する軸であれば、
自分はシーソーの真ん中に立つように動くことなく360度全体を見渡せる。
絶えず軸をグルグル回転させる。
by. 桜井章一氏
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そうやって多面的に世界をとらえ、
柔軟に変化していく。
わからない人から見ればそれは軸がないように映るかもしれない。
だがふだんの生活にしろ、
仕事にしろ、
それらをベースで成り立たせているのは雑用である。
しかも生活も仕事も雑用が占める割合は思っている以上に遥かに大きい。
by. 桜井章一氏
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仕事では少なくとも半分以上が雑用だし、
生活にいたっては8割くらいは雑用といってもいいかもしれない。
それゆえに雑用をちゃんとしていないと、
生活も仕事もおざなりなものになってしまう。
だが、雑用だからといって雑に扱っていいものではない。
繰り返しになるが、
雑用とは生活や仕事の「基礎」
をつくるものだからだ。
by. 桜井章一氏
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丁寧にちゃんとする人は相手の信用度も上がり良好な取引関係を長く続かせることになるかもしれないし、
また受発注の内容を間違えてトラブルになったりすることもないだろう。
生活や生き方をシンプルにしたければ、
雑用を丁寧にきちんとこなし、
けっしておろそかにしないことだ。
雑に扱うなんて雑用に対して失礼。
そんな感覚をいつも忘れず持っておきたいものである。
by. 桜井章一氏
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「腹をくくる」とは覚悟を決めることだが、
実際に覚悟を決めなくてはいけないほど重大な決断はそうそうあるものではない。
腹をくくるとか覚悟を決めるといったことは、
どこか開き直りの要素を孕んでいることが多い。
開き直りというのはいうまでもなく、
弱さの裏返しある。
開き直りはそれをした時点で、
これまで重ねてきた努力や、
きちんと物事に対処しようとする意欲を放棄することである。
by. 桜井章一氏
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