■「人生を変えるシンプル思考」77 ~”20年間無敗の雀鬼”が明かす77の思考~ -宝島社-
自由なようで不自由。そんな印象がいまの社会にはある。苦しみの多くは欲望が満たされないゆえに起こるものだ。自分の人生に本当に必要なものは何で、自分にできることは何か?
そもそも己の立ち位置をきめるのは自分なのに他人の目線に合わせるようにして立ち位置を探るような生き方では、
なんのために生きているかわからない。
「われ悪党なり」ではないが、
人は誰しも悪の部分を自覚している以上にたくさん持っているものだ。
「いい人」に思われたい人はまず自分のなかにある悪を自覚してみるといい。
そしてその悪い部分も隠さず、
ときにはさらけ出すようにするといいと思う。
by. 桜井章一氏
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その自覚なしに「いい人」
をめざす生き方をしていると、
どこかウソ臭い人生になってしまうから気をつけたほうがいい。
悪の要素はどんなに努力しても消えるものではない。
ただ、それをコントロールすることは可能であり、
そのコントロールの加減で生き方の質は大きく変わってくるのである。
by. 桜井章一氏
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自由なようで不自由。
そんな印象がいまの社会にはある。
そう感じさせるものの一つが欲望が向かう選択肢の多さだろう。
世の中に手に入れたいと思うものが溢れているし、
自分がこうなりたいと思う刺激が非常に多い。
こういうふうになりたいと思っても能力には限りがあるし、
あんなことがしたい、
こんなものが欲しいと思っても使えるお金は限られている。
by. 桜井章一氏

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苦しみの多くは欲望が満たされないゆえに起こるものだ。
欲望をあっさり捨て去ることができれば余計な煩いを抱く必要もないのだが、
それはなかなか難しい。
それだからこそ、
欲望を刺激する情報やモノで溢れている社会は一見自由なようで、
不自由なのだ。
それはたくさんあるように見えるさまざまな選択肢の誘いに安易に乗らないことだ。
by. 桜井章一氏
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自分の人生に本当に必要なものは何で、
自分にできることは何か?
反対にできないことは何か?
そんな問いを自分に重ねていくことで、
身の丈で自分をとらえる。
そうすれば、
目の前にちらつくさまざまな欲望の対象はおのずと消えていくだろう。
by. 桜井章一氏
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周囲の人たちが私を見て何が専門なのかわからなくなるのは、
結局私自身が一つの専門だけに突出した人間になるのを拒否しているからだと思う。
道場生たちにも、
「専門家でなく万能家になれ」ということをよくいっている。
野生の生き物たちにはもちろん専門というものがない。
専門家というのは人間がつくった社会制度や文化のなかで初めて出てくるものだ。
by. 桜井章一氏
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本当に大事なものは自然からしか学べないと思っている私にとって、
専門というものに固定されるのは、
不自由で嫌なのだ。
しかし、人間は仕事に限らず、
何にでも固定を求める生き物だ。
固定した会社に通い、
固定した家庭をつくり、
固定した生活を送り、
固定した住所に住む。
考え方にしても、
固定したほうが安心で楽だから、
固定観念をたくさん持つのである。
by. 桜井章一氏
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だが、固定されているものは、
いざ問題が起こると非常にモロい。
一度固定したものがぐらぐら揺れだすと、
足をすくわれるかのようになって生きた心地がしないのである。
半分は固定されても半分は固定されない気持ちを持つ。
そうやって固定されたものから外れようとする志向からこそ、
しなやかな強さと自由が生まれるのである。
by. 桜井章一氏
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どんな人でも自分をよく見せたい、
格好よく見せたいという気持ちを持っている。
そのことは仕事においては
「自分を高く売る」
という行為になる。
しかし、見せかけのよさをいかに取り繕っても、
本当の実力ではないからいつかはボロが出てしまう。
少しずつハードルを上げるようにして自分にプレッシャーをかけるのであればいいが、
そうでなければ惨憺たる結果が待っている。
by. 桜井章一氏
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私自身はいつも等身大の感覚を大切にし、
素の自分をさらけ出すようにして生きてきた。
何より素でいることは楽だし、
気持ちに余裕が持てる。
余裕があれば人はいろいろなことを楽しんでできるものだし、
そのことが最終的に成長をうながしてくれる。
力んで自分を高く売る必要はない。
by. 桜井章一氏
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焦らず、欲張らず、
自分の実力に見合ったハードルを設定して、
ちょっとずつ成長していけばいいのだ。
しかし、自然派の私は本来、
都会のにぎやかな雑踏やコンクリートジャングルといったものが苦手である。
しかし、こちらはどれほど名のある芸能人、
政治家、スポーツ選手であろうと、
特別関心が向かうことはない。
私にとって、
この社会で成功したとか、
地位があるとか、
名誉があるとかはどうでもよいことだからだ。
by. 桜井章一氏
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私が好きな自然には成功もなければ、
名誉もない。
だが、「何もない」どころか、
自然というのはとてつもない恵みを人間に与えてくれていると思う。
われわれの「命」だってその恵みに他ならない。
われわれの存在の源にある恵みに静かに思いを致せば、
本当の豊かさとは何かが見えてくると思う。
by. 桜井章一氏
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人は他人との比較で幸福度が増えたり、
減ったりする。
いまの社会は、
「持てる者」と「持たざる者」
の間が極端に広がっている格差社会である。
それは持っているものが多いほど優位に立ち、
人から評価される社会だ。
他人と比べながら「俺のほうが多い」
といって喜んだり、
「ちくしょう、こっちのほうが少ない」
といって嘆く。
by. 桜井章一氏
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そんなふうに感情を波立たせながら生きていくとしたら、
それはとても不幸なことだ。
ひとつは、
「人は人、自分は自分」
というスタンスで、
他人と自分をあまり比べないことだ。
前にもいったが、
自分にとって本当に大切なものを見つけられた人は他人と自分を比べなくてすむ。
もうひとつは、
たくさん持つことが必ずしも幸福を保証するものではないという認識を持つことだろう。
by. 桜井章一氏
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