■手ぶらで生きる術 ~忘れ上手は生き方上手~ -竹書房-
どうせこの世に生まれ落ちたら危険は付き物です。だからこそ「運命」には責任があるのです。「運命」は自然のごときものです
影響を受け合って生きていることが分かると、
感謝する気持ちが芽生える。
私もふと
「思い通りにいかないな」
とおもうことがありますが、
そういうときは
「あいつはどうなんだよ」
と考えていく。
そうすると私よりも大きな問題を抱えた人はいっぱいいる。
結果、不満だったことがたいしたことじゃないと思えてくるのです。
by. 桜井章一氏
☆*:.。. *・゜゚・*:.。..。.:*・’*゚▽゚*’・*:.。. .。.:*・゜゚・* .。.:*☆
それによって「自分」もいれば
「他人」もいるという、
感覚のバランスが出てくるはずです。
影響し合って生きていること、
そのことによって人も変わり続けること。
そのことを恐れないで受け入れていけば、
「自分」というものは良い方向へ広がっていくはずです。
一般的に言う「育てる」
という関係性を持つときは、
「育てる」ではなく、
「相手にする」
という感覚でいるほうがいい。
by. 桜井章一氏
☆*:.。. *・゜゚・*:.。..。.:*・’*゚▽゚*’・*:.。. .。.:*・゜゚・* .。.:*☆
孫に対して「愛情」
という感情というよりは、
お相手してあげているという感覚のほうが強いわけです。
相手がどんなレベルでも、
それに見合う「お相手」
を真剣にするということです。
たとえば風というもの自体は変わらないけど、
それが強風になったりそよ風になったりするのと同じように、
親子関係も、
親子という関係は変わらなくても状況は変化していく。
しかし「相手にする」
感覚でいると、
相手がいくつになってどう成長しようが、
関係性の軸となるものは揺るぎません。
by. 桜井章一氏

☆*:.。. *・゜゚・*:.。..。.:*・’*゚▽゚*’・*:.。. .。.:*・゜゚・* .。.:*☆
人間関係において、
人が一番に求めているものは
「安全」だと思います。
人生とはそういうものだと受け止めて、
人間関係においても基本的に
「こいつも危険かもしれない」
という前提において接していったほうがいいのです。
なぜ崩れるかというと、
人間はともすれば自分だけが安全になろうとする生き物だからです。
人間関係というものは、
継続的に、かつ積極的に、
お互いがギブしていこうという気持ちを保たないと続かないものです。
by. 桜井章一氏
☆*:.。. *・゜゚・*:.。..。.:*・’*゚▽゚*’・*:.。. .。.:*・゜゚・* .。.:*☆
さて昨今、
みなさんが求めるその「安全」は、
「安定」に変わってきている。
みんな頑張って「安定」
が保証されている道を歩もうとする。
先に計算ありきでは、
その計算力ゆえに他にある大切なもの……
人間同士の心の付き合いとか、
損得抜きの素直な感情とか、
そういったものまでもなくしてしまいます。
人ごみに行けば自分さえよければいいという人間のなんと多いことか。
by. 桜井章一氏
☆*:.。. *・゜゚・*:.。..。.:*・’*゚▽゚*’・*:.。. .。.:*・゜゚・* .。.:*☆
「安全」で「安定」
した生活を求めていたはずが、
社会はどんどん「安全」
でなくなっている。
どうせこの世に生まれ落ちたら危険は付き物です。
だったら「安全」
ばかりを求めているよりも、
危険すらも自分の力で「安全」
に収められるような人間を目指したほうがいい。
危ないことでも、
どうにかして解決していけば、
必ず自分の中になにかが生まれます。
by. 桜井章一氏
☆*:.。. *・゜゚・*:.。..。.:*・’*゚▽゚*’・*:.。. .。.:*・゜゚・* .。.:*☆
それは「安定」ばかり求める人生では、
決して得ることのできないものです。
「安全」ばかり求めると、
心は不安になるもの。
by. 桜井章一氏
☆*:.。. *・゜゚・*:.。..。.:*・’*゚▽゚*’・*:.。. .。.:*・゜゚・* .。.:*☆
むしろ、今の時代は
「危険を楽しむ」
くらいの心構えでいたほうが、
平常心を保てるような気がします。
実際「現場」は大事です。
よく「現場百回」と言いますが、
何度も現場に足を運ぶことで、
今まで気づかなかったことが、
なにかのきっかけで見えてくることもある。
現場を体験してないと、
妄想や想像といった方向にだけ膨らんでおかしくなる。
by. 桜井章一氏
☆*:.。. *・゜゚・*:.。..。.:*・’*゚▽゚*’・*:.。. .。.:*・゜゚・* .。.:*☆
なんにしても現場で体験する
「現場感覚」がないと、
ズレてしまうのです。
しかし世の中では出世して偉くなると、
どんどん現場から離れていってしまう。
本来は上に立てば立つほど、
現場感覚がないといけないはずです。
家庭もまた「家族」
という現場なのです。
by. 桜井章一氏
☆*:.。. *・゜゚・*:.。..。.:*・’*゚▽゚*’・*:.。. .。.:*・゜゚・* .。.:*☆
だから現場にいないことには、
荒れてしまう。
荒れないように手入れをしつつ、
仕事も家庭も一生現場に立って、
現場感覚で動くことが大切なのです。
たとえば「宿命」
は生まれながらに体に備わっている、
もう変えようのないもののこと。
もう定められているものですから、
しょうがないのです。
by. 桜井章一氏
☆*:.。. *・゜゚・*:.。..。.:*・’*゚▽゚*’・*:.。. .。.:*・゜゚・* .。.:*☆
一方、「運命」はいくらでも変わります。
「運命」とは「宿命」
以外の不確定要素すべてのことです。
すべての行動に選択肢があるといっても過言ではないくらい人間は選択の連続で生きています。
そこでまた選択をして、
振り返れば自分の「運命」
という名の道ができている。
by. 桜井章一氏
☆*:.。. *・゜゚・*:.。..。.:*・’*゚▽゚*’・*:.。. .。.:*・゜゚・* .。.:*☆
だからこそ「運命」
には責任があるのです。
「運命」は自然のごときものです。
良くも悪くもいろいろなことが重なって変わるのですから、
「運命」はあくまでも自由です。
1+1=2 になり 2+2=4 である、
これが「宿命」です。
by. 桜井章一氏
☆*:.。. *・゜゚・*:.。..。.:*・’*゚▽゚*’・*:.。. .。.:*・゜゚・* .。.:*☆
1+1 が 3 になったり、
2+2 が 1 になる、
そんな感覚が「運命」かも知れません。
そしてもう一つ、
人間には宿命の中に「質」
というものを抱えています。
しかし自分の「質」
を把握して、
どう伸ばすかは「宿命」
の領域になります。
自分の資質が合っている方向へ徹底的に伸ばすのか、
伸ばさないで放っておくのか……
それは自由な「運命」の選択です。
by. 桜井章一氏
☆*:.。. *・゜゚・*:.。..。.:*・’*゚▽゚*’・*:.。. .。.:*・゜゚・* .。.:*☆
「宿命」と「運命」
というのは根本的に違うものですが、
この二つは螺旋のように絡まり合っているものです。
二つの要素が行ったり来たりするのが
「宿命」と「運命」
の関係なのです。
これは選べない親から派生した
「宿命」の流れです。
しかし誰に強制されたわけではなく、
何十年も麻雀を続けてきたのは自分が選んだ「運命」。
しかし「宿命」
の要素があったからこそ、
尋常ではなく麻雀にのめり込んだのかもしれません。
by. 桜井章一氏
☆*:.。. *・゜゚・*:.。..。.:*・’*゚▽゚*’・*:.。. .。.:*・゜゚・* .。.:*☆