雀鬼流。 ―桜井章一の極意と心得一覧

書籍/本『雀鬼流。 ~桜井章一の極意と心得~ -三五館-』についての豆知識予備校

もっともっと麻雀の本質、自然の流れを見極める努力をするべきなのです

勝負強さの鍵は「勇気と慎重さのバランス」。「雀鬼」桜井章一氏が、麻雀の本質と自然の流れを見極める努力を説く。極度の緊張は感性を曇らせ、自分勝手な情報で流れに逆らってしまう。心の贅肉を落とし、本能的な感性を取り戻し、麻雀を「絵」として捉えることで、強者へと進化できる。

麻雀というのは、牌と合一すれば勝てるんです。求めるべきなのは、安住ではなく、試練なんです

麻雀で勝つ秘訣は「牌との合一」。「雀鬼」桜井章一氏が説く、人生を勝ち抜く哲学。人が求めるべきは「安住」ではなく、魂を鍛え上げる「試練」である。私欲や執着心を捨て、目に見えない運の偶然性まで読み取る「予知能力」を磨くことが、真の強者への道である。

目的を、目的意識を持ったときに、人間は駄目になる。経過を大切にする精神が希薄になるのです

「目的意識」を持つと、人は駄目になる。「雀鬼」桜井章一氏が説く、人生と麻雀の本質。勝つためではなく、「経過」を大切にし、自然の理に沿って打つことが真の強さにつながる。「私」を捨てて「公」のために打ち、恥ずかしいことをしない生き方こそが、人間力を高める修業である。

強さとは、「流れ」に沿っていく能力であり、敗れる者は自分の「欲」で負けるのです

真の強さとは「流れに沿う能力」である。「雀鬼」桜井章一氏が語る、勝負の真髄。敗者は自分の「欲」で負け、勝者は「流れ」に身を任せる。つらい状況をチャンスと捉える前向きな姿勢、意識を手放した「三昧の境地」での鍛錬こそが、人生と麻雀で強さを勝ち取る鍵となる。

どうせ勝つなら真の勝ちをしろ、どうせ負けるなら真の負けをしろ。内容こそが最も大切で、勝った負けたは二の次だ

勝敗よりも「内容」がすべて。「雀鬼」桜井章一氏が説く、真の勝ちと負け。得たものを捨てる勇気を持ち、変化球やテクニックに頼らず、王道の「自力本願」で戦うことこそが真の実力となる。人生も麻雀も、チャンスとピンチの合一であり、苦難から逃げずに理想を追求する哲学。

心が捨てる気持ちになったときに、人は恐怖心を克服でき、無心になれる。そこに愛情も思いやりも入ってくる

人が真の強さを得るには、すべてを捨てる気持ちが必要。「雀鬼」桜井章一氏が語る、恐怖心を克服し「無心」に至る哲学。愛は「必要」や「見返り」を求めない一方的なもの。得ることへの執着を捨ててこそ、真の愛情や思いやりが生まれ、無心という最強の状態に到達できる。

それに負けるか負けないか。それに気づくか気づかないかです。無意識の状態のほうに本質がある

無意識の状態にこそ人の本質がある。「雀鬼」桜井章一氏が語る、人生を操る「無意識のテープ」。子どもの頃に植え付けられた思考パターンを「意識化」し、悪い部分のテープを自分で切ることで、初めて生き方を根本的に変えられる。麻雀や人生で勝つために必要な、情けなくない生き方とは。

人は、学ぶ、知識を得ることで、正しいほうへいくとは限らない。間違えた人間になるケースが多い

知識は人を正しい方向へ導くとは限らない。「雀鬼」桜井章一氏が警鐘を鳴らす、現代社会と教育の問題点。情報や知識を得ることでかえって間違った人間になるケースが多い。大人たちが心に持つ「悪臭」こそがいじめの原因であり、親は子どもの本能的な依存心を見極め、満たすことの重要性を説く。

私などよりもはるかに偉大な自然という教師にまかせたらいいのではないか

偉大な教師「自然」に任せる子育てとは。「雀鬼」桜井章一氏が語る、親の真の役割と子どもの成長段階に応じた接し方。小学校までは「奴隷」、中学からは立場逆転。依存心を十分に満たすことが本能であり、良いところも悪いところも隠さず信頼を築く真の教育論。

終わってから、分析したり、解析したりしてみても、見極める力なんてつかない。また、同じ誤ちをくり返す

同じ過ちを繰り返さないために必要な力とは?「雀鬼」桜井章一氏が語る「見極める力」の養い方。終わってからの分析・解析は無意味。「疑う(確認する)こと」が良否を見極める原点であり、あるがままのものを見る力を培う。親や世間の言いなりにならず、自分の心に忠実に生きるための哲学を提示。