■手ぶらで生きる術 ~忘れ上手は生き方上手~ -竹書房-
便利になるということは必然的に「弱くなる」ということです。そして自由でいるということは、ものすごく厳しいことです。だから私の中では何事も「終わり」という感覚がありません
同じ人間じゃないのに
「人間はみな同じだ」
という教え方をするからいけない。
それは不自然な考えです。
女性は右脳と左脳を繋ぐ脳梁が太いのは有名ですが、
太いがゆえに脳の情報交換量が多く、
そのために女性は一度にいろんなことができます。
その差を考えて生かし合い、
尊重して生活していくのが自然というものです。
by. 桜井章一氏
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なんでもかんでも「平等」
がいいわけではありません。
一人一人違う人間だからこそ面白いし、
学びがあるのです。
私にかけられた期待の量があるとすれば、
私はその量より少し上回って返してあげようという思いがあります。
その根底には、やっぱり
「俺に頼んでくれ以上は、
より多く喜んでもらいたい」
という思いがあるからでしょう。
by. 桜井章一氏
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「頼まれる」ということが、
どこかで自分にとって喜びなのです。
サービスを与えてるつもりが、
気がつけば回り回って私がサービスされているのです。
この荒んだ世界でもそんないい循環は作れます。
自分で自分を嫌いな人間が、
人を愛する余裕なんかあるわけがない。
by. 桜井章一氏

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便利で豊かになった分、
現代は「弱くさせられてしまった」
人が溢れています。
便利になるということは必然的に
「弱くなる」ということです。
弱くなってもやっていける社会がすでにできあがっている。
そういう状態になってしまったなら、
もう「いいよ」と受け入れるしかないのです。
by. 桜井章一氏
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「止まる」ことは良くないけど、
「休む」ことはときには必要です。
だからタイミングを見て、
背中を押すような言葉を掛けてやると聞く耳を持つものです。
力で引っ張り出せばいい時代と違って、
今は対応が難しい時代でしょう。
手間はかかりますが、
強さを押しつけるだけではなくて、
見守っている人がいることを知らせて、
ただ待ってあげるということも大事なことなのです。
by. 桜井章一氏
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私は仕事でもなんでも、
楽しくないとやる気がしません。
だからたいていのことは自分で楽しめるように面白くしてしまいます。
遊び心がないとつまらないのです。
たとえば本を生み出す作業も
「さあ、遊んでやるか」
という感覚で取り組まないと、
できの悪い私なんかはやっていられないのです。
by. 桜井章一氏
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だから「仕事は仕事」とか
「遊びは遊び」という感覚はあまりなくて、
自分の中で楽しいかつまらないかという、
その色分けしかないのです。
もっとも、
「楽しくない苦手なこともあえてやってみる」
こともときには必要だと思います。
いざ現場に行くと、
「ようし、ここでも楽しんでやれ」
というスイッチが入るのです。
それはなぜかというと、
多分、タダだから楽しく続けていられるのだと思います。
by. 桜井章一氏
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どこからもお金をもらっていないということは自由でいることです。
そして自由でいるということは、
ものすごく厳しいことです。
おのずとして楽なほうへは行けなくなる。
しかし、逆説的ですが、
私にとってはその厳しい状態が楽しいのです。
by. 桜井章一氏
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つくづく思うのは、
私は非常に不器用な人間だということ。
しかし不器用なほうが、
器用でいるよりも私にとっては楽しいことです。
残念ながら、
人間はみな平等ではありません。
今この社会を生きていく上での力を
「能力」とするなら、
その能力が生まれながらに高いやつもいれば低いやつもいる。
by. 桜井章一氏
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そもそもそこが違うのだから、
個人の能力の差を見比べても意味がない。
だから私は
「工夫したから今の俺があるんだ」
などといった気持ちになることはありません。
しかし人は違うからこそ、
「平等にしよう」とか
「公平にしよう」
と思う気持ちが必要になるのです。
考えが公平になってくると、
どうしても弱い人に目がいくようになります。
by. 桜井章一氏
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それは「譲ってあげる」ことや
「分けてあげる」こと、
もしくは「認めてあげる」ことでしょう。
1しかできない子が3まで頑張れがすごく褒めるべき努力だし、
5できる子は7を目指してやればいい。
そこで7できる人が3できた人をバカにしてはいけません。
努力の分量は一緒なのです。
by. 桜井章一氏
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やれることが増えれば喜びが増える。
なにか自分の中に新しい発見もあるかもしれません。
しかし手にしたものが増えたら、
ときに減らすことも大事です。
両手がふさがっていては、
新しいものを手にすることはできませんから。
by. 桜井章一氏
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身体的にも精神的にも、
なにかが終われば新しく生まれてくるものがあって、
それを繰り返して私たちは生きているのです。
だから私の中では何事も「終わり」
という感覚がありません。
私が死んだことによって、
新たな環境でなにかが始まっていく。
そうやっていつもなにかが始まっているような気がするのです。
by. 桜井章一氏
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それを「始まったら終わりがある」
という感覚になってしまうから、
苦しくなってしまう。
さて、この本はここで「終わり」ですが、
しかしここからが「始まり」です。
始まりがあって終わりがあるのではなく、
終わりがあって始まりがある
by. 桜井章一氏
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