多くの悩みは、「等身大の自分」というものを見誤ることから始まります。「血」を洗い流すことはあらゆる人にとって、人生の課題の一つでしょう。個性なんてものは洗えば全然変わるものです

■手ぶらで生きる術 ~忘れ上手は生き方上手~ -竹書房-

多くの悩みは、「等身大の自分」というものを見誤ることから始まります。「血」を洗い流すことはあらゆる人にとって、人生の課題の一つでしょう。個性なんてものは洗えば全然変わるものです

多くの悩みは、
「等身大の自分」
というものを見誤ることから始まります。

だから、”等身大の自分”や”等身大の感覚”
というものをいつも的確に把握して持っておくことが大事なのですが、
しかしこれがなかなか難しい。

なぜなら人間には「欲」
があるからです。

その価値は他人が決める「他力の目」と、
自分で推し量る「自力の目」
という視点があって、
二つのバランスで決められるものです。


by. 桜井章一氏

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しかし、どうしても自分の価値は少し大目に見積もりたいという欲があって、
目を曇らせるのです。

ではどうすればいいかというと、
簡単に言えば
「極力正直でいたい、素直でいたい」
という気持ちを強く持つことです。

正直であろうとすると、
過大評価や過小評価をしてしまう余計な振れ幅に気づくでしょう。

そのときに目をつぶらないで、
ハッキリと見つめることです。


by. 桜井章一氏

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するとごまかしたところから、
自分のどこを過大評価したがっているのかが分かるはずです。

あるいは過小評価してしまっているところも。

それこそが自分が抱えている問題点でもある。

その問題を見つめ、
受け入れるところから、
新しい自分が始まるのです。


by. 桜井章一氏

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私の場合、
自分の悪いところが出ているときは
「血」というものをどうも認めたくないというか、
納得しない部分がありました。

しかし自分がいい状態になったとき、
初めて「血」に感謝する気持ちが湧いてきた。

人間とは勝手なもので、
感謝心という結びつきがあって、
初めて向こう側に「血」
を感じるものです。

自分の中に
「私も親から得たこんないいところがある」
と感じる
そういう「血」の部分ではないでしょうか。


by. 桜井章一氏

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しかし「血」というものは、
良いところだけが受け継がれるものではなく、
当然悪いところも全部入ってきているはずです。

だからこそ「血」を、
自分で洗い流さなきゃいけない。

「血」を洗い流すことはあらゆる人にとって、
人生の課題の一つでしょう。

ただ、洗ってもすぐまた汚れる。


by. 桜井章一氏

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雀鬼・桜井章一氏が説く「折れない心」のつくり方。真の強さとは、硬さではなく、衝撃を柔らかく受け止め、すぐに元に戻れる「復元力」である。イチロー選手も持つ、このしなやかさを備えるには、欲や成功に心を向けず、固定観念を捨て、柔軟な生き方をすることが鍵となる。

人間の体と一緒で一度洗ったら終わりではないのです、
汚れては洗い、
汚れては洗うという作業を繰り返すのです。

自分の中に悪が溜まってきたら洗い、
弱いところが出てきてまた洗い、
そういう作業を繰り返して
「自分」のやりくりをする。

個性なんてものは洗えば全然変わるものです。

いろんな人と知り合う中で自分を見つめ直して
「洗って」いくと、
結局は自分だけで洗っているのではなく、
人の力で「洗ってもらっている」
ことに気づくでしょう。


by. 桜井章一氏

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つまり、汚れた人を見て初めて自分の汚れに気づくのです。

「人の振り見て~」
だけではなく、
私はよく
「自分の頭のハエも追えないのになに言ってるのよ!」
と怒られていましたが、
時々自らを省みて
「いまだに私は、頭のハエを追えてないな」
と思うときがある。

「自分の始末もろくにできないくせに」
という意味だけじゃなく
「私の考えてることが汚ないから、
ハエがたかってくるんだなあ。

私はそのハエすらもいまだに追えないんだなあ」
と。


by. 桜井章一氏

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頭や心を汚い使い方をしているから、
いくらでもハエが寄ってくるのです。

そしてそれすらも追えない自分がいるんだということ。

でも、永遠にハエがいなくなることはないかもしれない。

それでも洗い流し続けていくのが、
宿命の一つなのでしょう。


by. 桜井章一氏

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雀鬼・桜井章一氏が語る、勝負に強い人の哲学。勝負に弱い人は自分で限界を設定する。苦しい道の先にこそ勝負どころがあり、戦うことで可能性が広がる。修羅場を乗り越えるには、全体を俯瞰し主導権を握れ。場数を踏み、理不尽に動じない真の強さを身につけよ。

麻雀というゲームは、
人が捨てたものを拾うゲームです。

麻雀は相手が捨てたものを、
「ポン」、「チー」
と言って拾って上がらせていただく。

昔は違った意味でドロップアウトした人たちが集まっていたのですが、
今は悪い意味の”大人”が作り上げた社会構造の中で、
うまく生きられずに捨てられた子たちが集まってくるのです。

その子たちと一対一で対応するのはしんどいものです。


by. 桜井章一氏

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しかし、一対一ではなく、
みんなで手を繋ぐと一人一人の違和感は薄れていく。

だから仲間というものは大切なんです。

しかしそういうやつでも、
みんなで手を繋ぐとそいつの違和感がなくなるのです。

そういう意味で、
仲間というのは「輪っか」です。


by. 桜井章一氏

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仲間は「円」であり、
そして「縁」でもある。

また、たとえるなら通貨単位の
「円」でもある。

社会から捨てられたような子は
「1円」かもしれない。

しかし、1円のものを買うとき1万円を出したら嫌がられるでしょう。


by. 桜井章一氏

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雀鬼・桜井章一氏の「力」の哲学。人が持つ力は「他の人を助けるため、面倒を見るため」にある。結果はプロセスの一部であり、面倒やトラブルにこそ、人間的な強さや学びがある。力みを捨て、無意識に委ねる「自然体」の動きと「欲望を律する」感覚が、下り坂の時代を生き抜く鍵。

1万円札はいつも万能な働きをするわけではないのです。

1万円札があったり、
5千円札があったり、
百円玉があったり、
5円玉があったりしながら仲間を作っていくと
「ちょうど」になるのです。

「1万1円ください」
と言われたときの、
1円という存在はすごく大切じゃないですか。

ぴったり支払いができるわけだから
「ちょうど」で済む。


by. 桜井章一氏

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そういう感覚を持っていると1円玉の意義が分かると思う。

1円玉があるからこそ1万円があるんだなということも分かるわけです。

さまざまな人間が一緒になることで円になり平らになり、
だからこそやっていけることもあるのです。

「笑い」はないとつまらないし、
つまらない人生は嫌なものです。


by. 桜井章一氏

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それはつまり、
こっち側に「笑う力」
がないから外に頼って「笑い」
を求めているということでしょう。

しかし、それはある意味病んでいる現象です。

本来「笑い」
というものはタダのはずなのに、
お金で買える商品になっているのですから。

今のお笑いは本質的に陰気な人が作っているのだと思います。


by. 桜井章一氏

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陰気な人の笑いは
「病気の笑い」
を感じさせるし、
「ウサ晴らしの笑い」
になっている。

決していいものを着ていない、
いい暮らしをしているわけじゃない、
物質的に恵まれていない人々が、
子どもも大人も関係なくキャッ、キャッと一緒に笑っている。

多分それは生活の中で、
一緒に遊んだり楽しんだりしながら、
大人が子どもに口頭だけではなく姿や形、
またはしぐさでいろんなことを教えていたから、
共通の笑いが存在したということでしょう。

一昔前までは
「陽気はいかがですか?」
といった挨拶が自然と出たものです。


by. 桜井章一氏

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気持ちが陽気であれば、
自然と「笑い」
が生じるものです。

太陽は電気代をくれとは言わないのと同様、
陽気はお金をとらないもの。

そういう陽気な笑いを自分の中で作り出せるような生活をしていきたいものです。


by. 桜井章一氏

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