■手ぶらで生きる術 ~忘れ上手は生き方上手~ -竹書房-
だから自分で上手に無意識をつつくことが、時々は必要なのです。動物にはそういう感覚で察知する本能があります。冷静さがあると解決法が見えるものです。「適温」でいることは大切です
つまり、動物の体としては、
子どもを生むことのほうが自然なこととしてできているのです。
子どもは恵まれて生まれてくる宝物なのです。
そもそも男と女とでは染色体も違うし、
持って生まれたホルモンの量も違うし、
細かく見るとなにもかもが違う。
違いのほとんどは、
子どもが生める生命体と、
そうではない生命体という構造上の違いからくるものでしょう。
by. 桜井章一氏
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人間というのは裏も表も必要です。
人間は表と裏、
内と外、
凹と凸……
のように、
さまざまな相反する二つのものが一緒になって生まれてくるものなのです。
それは「意識」と「無意識」もそうです。
こういうこと(「無意識」を呼ぶ)はよくあることで、
えてして精神状態が良好のときに起こります。
by. 桜井章一氏
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ちゃんと「無」の意識が働いて、
無意識の領域が開いている状態だからこそ起こる事象なのです。
意識だけに頼っているとその感覚は忘れてしまうし、
消えていってしまう。
だから自分で上手に無意識をつつくことが、
時々は必要なのです。
by. 桜井章一氏

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女房にしてみれば、
それが不思議でならない。
私にしてみれば、
もう金を賭けてもいいぐらい100%間違いないという自信があった。
しかし私は瞬間的な感覚で、
ハンバーグの匂いまで感じていた。
私のすぐ隣で食べているくらいの感覚で匂いがしたのです。
by. 桜井章一氏
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繋がったんだからしょうがない、
のです。
私にとっては、
この二つの感覚も必然であり、
間違いないという感覚です。
絶対外れないという自信があるわけです。
しかし、そういう小さなことと同列上にあるのが、
麻雀をしたときに見えない牌が見えたり、
相手がなにを持っているのかが分かるようになる感覚なのです。
by. 桜井章一氏
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みなさんが言う普通の視力、聴力、嗅覚とはちがう、
感覚の目、感覚の音、感覚の匂い……。
そういう感覚の脳が働くのです。
動物にはそういう感覚で察知する本能があります。
それは危機を回避するには必要な能力だし、
本来的に持っている力だと思うのです。
by. 桜井章一氏
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普段はむしろフラットな状態にしておくのですが、
でもときどきフッとスイッチが入るようなときがある。
自分でスイッチを押すときもあれば、
自然に同じスイッチが入るときもあります。
でも、そんなふとした直感的なイメージは、
現実の核心をついていることがままあるのです。
だから、そんな感覚は大切にしたほうがいい。
by. 桜井章一氏
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そしてそれを遊びの感覚で楽しむといいのです。
そうすると、いざというときに、
大きな危険が近づいてもそれを回避することが可能になったりするのです。
私の中には、
いつも自分を俯瞰で見ている
「もう一人の自分」がいます。
そいつは、
私を客観的に見てはしょっちゅう意見してくる。
by. 桜井章一氏
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ときには
「誰も見てないからこっちの楽なほうを選ぼうかな」
と思うこともある。
そういうときに、
もう一人の私が必ず出てきやがるのです。
ずるいこととか、
怠けようとしたときに、
そういつはすかさず現れて
「そうじゃねぇだろう」
と言い続けるのです。
自分が間違わないためにも、
どこか自分であって自分でないような、
客観的な存在がいるというのはいいものです。
by. 桜井章一氏
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それは
「今やっていることを子どもが見たらかっこ悪いと思うだろうな……」
ということを思って襟を正したりもする。
そういう感覚を持ち続けていると、
いざ命にかかわるような緊急事態でも、
もう一人の自分が出てきて救われることがあります。
そういうとき(滝つぼに落っこちた)でも落っこちている自分と、
もう一人それを冷静に見ている自分がいた。
緊急事態だということは分かっているのですが、
そう思えば思うほど、
自分が冷静になっていきました。
by. 桜井章一氏
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冷静さがあると解決法が見えるものです。
そうやって危うい状況に陥ったとき、
もう一人の自分がいつも現れて助けてくれるのです。
「適温」でいることは大切です。
自分の中で必要以上に
「熱くなる」気持ちのときは、
私は自分で自分が信用できない状態だと思っています。
by. 桜井章一氏
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そういうときにもう一人の自分がいれば、
自分の適温が取り戻せます。
もう一人の自分が他人の目を持って自分を眺める。
この感覚をいざというときにさっと引き出すには、
普段から時おり、
「もう一人の自分」
というものを意識しておくといいと思います。
by. 桜井章一氏
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今の人たちというのは人が乗ってこうようが、
平気で二人分の席を陣取って座っていたりする。
大切なのは、
やはり譲るという「感性」です。
こういうものは、
もう「マナー」というか
「常識」を通りすぎたもので、
「感性」なのです。
そういう感性が、
今の人たちは非常に少ないと思います。
つまり鈍感なのです。
by. 桜井章一氏
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やっぱり、それは
「自分さえよければ」
という発想が根っこにあるからでしょう。
そういう知っている人には親切でも、
他人には関係ないという人が多いのです。
自分も知人も他人も関係なく譲り合うといった感性が育たないのは、
生活の中に「笑い」がないからだと思う。
そんな「笑い」があると心に余裕ができて、
困った人を見たときに「助けてあげよう」
という気持ちが出てくるのではないでしょうか。
by. 桜井章一氏
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だから「思いやり」だとか「愛」
なんていうものはその後からついてくることで、
一番大切なのは「笑い」や「楽しみ」
を持つことです。
そういう気分の中から「譲り合う」
感性が生まれ、
また「人に譲ってあげよう」
という喜びを作れる人間になるのです。
それは決して押しつけがましい
「マナー」というものではない。
自然な感性でそういうことができるようになることが大事なのです。
by. 桜井章一氏
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