悪戯の流儀一覧

書籍/本『悪戯の流儀 -青春出版-』についての豆知識予備校

大切なのは、与えられた自分に正直に生きることです。何も1つのパターンに当てはめる必要はない。ダメなものから学ぶから自分をいい方向へ持っていける

雀鬼・桜井章一氏の人生哲学。与えられた自分に正直に生き、一つのパターンに当てはめるな。ダメなものから学ぶことが自己成長の鍵であり、愛の本質は変化しない。子育てにおいては、個性を否定する「既製服の教育」を批判し、子どもの才能を「教えず育む」オーダーメイドの教育こそが親の責務であると説く。

素直な自分を見せる。無難であればいいと考えれば、度胸とか勇気なんか持つ必要がないじゃないか。厳しさの中にこそ穏やかさがあるんだ

雀鬼・桜井章一氏の格言。「無難」な生き方は勇気を奪う。真の魅力は「素直な自分」を見せ、仕事への取り組み方や生きざまで磨く内面のカッコよさにあると説く。恋愛に安定はなく、厳しさの中にこそ真の穏やかさが生まれるという、人生と愛の哲学。

自分の感情や利益だけを大切にすればするほど自分が損をするという真理に気づいて下さいね。逆に相手を思いやる事が自分を助ける事になる真理も

雀鬼・桜井章一氏の核心を突く真理。自分の利益だけを大切にするほど自分が損をする。相手を思いやる事が自分を助ける道である。危険を避ける臆病な心ではなく、「瞬間」で判断・行動せよ。男の仕事は他者の足らないところを補うこと。依存や過度な期待は病理であり、自立した男は困難を成長のチャンスと捉える。

スピードをつけると、身近に見ることができる。いま現在のことだけが確実、なんでもできるんだ。姿かたちに優劣はない。あるとすれば、その人自身の輝きの度合いだ

雀鬼・桜井章一氏の格言。「愛」に近づき、真実を見るには「瞬間」のスピードが必要だ。過去や未来に囚われず、「今」を大切に生きよと説く。仕事よりも人を優先し、姿かたちではなく自らの「輝きの度合い」を磨け。不安は無知と依存から生まれるもので、真の「愛」は理屈ではない瞬間の行動と判断に宿る隠れた徳である。

一歩間違うと傲慢になりかねない人間に対して牙のように鋭く、何かを教えてくれているような気がするのです。なぜならそうした悪い状況をつくり上げているのは、結局、私たち自身なのですから

雀鬼・桜井章一氏の格言。金銭に囚われた現代の価値観に警鐘を鳴らし、真の幸福は必要以上の富ではなく、人に分け与える平等にあると説く。人生の「悪い状況」は私たち自身が作り出したもの。自己を深く見つめ「整理」し、感謝の心で前進せよ。真の「愛」は内面にある隠徳であり、瞬間的な直観がそれを磨く。

人よりも良くなりたい、という欲が屈辱を生む。自分の志がない人間、自分の歩く道を知らない者はつねに不安なる

雀鬼・桜井章一氏が語る、自分の道と志を持つ重要性。「人より良くなりたい」という欲は屈辱を生み、不純な動機は虚しさを招く。自分の道を選び、不安を乗り越えよ。また、人間を「矛盾でできた粘土」と定義し、本物の商いと、金を目的としたニセモノの仕事の違いを、下北沢のラーメン屋の例から説きます。

自分の感性、感覚、感情を、フル回転させること、それが有意義な生き方という。自分のイメージの中に現れているものこそが、夢です

雀鬼・桜井章一氏の格言。感性、感覚、感情をフル回転させることが有意義な生き方。真の夢は身近なイメージの中にあり、金銭だけでなく心の強さ、愛、信頼を蓄えよと説く。自然界のバランスから逸脱し、競争が争いに変じた現代社会に警鐘を鳴らし、「過程」を大切にする生き方の本質を問う。

自分の精神や心まで売ってしまったから自分という存在がなくなっちまった。そして弱い人ほど群れたがる。自分の流れさえ知っていればいい。人間とは矛盾でできた粘土である

雀鬼・桜井章一氏が現代社会に警鐘。心や魂を売って自分を失った現代人へ、権力に流されず反骨精神を持って生きる重要性を説く。人間は矛盾でできた粘土であり、弱いがゆえに群れたがる。社会の流れに逆らわず、自分の流れを知り、バランス感覚と柔軟さを持つことが、矛盾に負けない芯のある人間に変わる道だと指南。

あらゆる事柄、現象を自分の心で感じて生きるようにしていくと見えない物が見える感覚になる。それが私の考える無意識の力、本能の力です

雀鬼・桜井章一氏が説く、無意識の力と本能。美しい精神、強い肉体、豊かな感情のバランスこそが生きる必須条件。常識や知識に縛られず、あらゆる事柄を心で感じて生きることで「見えない物が見える感覚」に。自然との調和を失い、物質的な豊かさに偏る現代社会へ警鐘を鳴らし、真の豊かさを得るための哲学を提示します。

要するに思考の短縮、これがカン。人知れず善い行いを心がける。エネルギーと時間はものすごく密着しているんですね。瞬間を大切にする生き方を志すことです

雀鬼・桜井章一氏が説く、「カン」の正体は「思考の短縮」。経験を重ねて不要な思考をなくし、自然が教える危険の見極めを身につける。徳を積むとは、人知れず善い行いを心がける「陰徳」の実践。潜在的な力を引き出すには、時間を凝縮する生き方、すなわち「瞬間を大切にする」行動が愛とエネルギーを生むと説く。