■究極の選択 -集英社-
あえて強さとは何かと問われたら、それは変化に適応していける柔軟な力と言ってもいいかもしれない。本当の”強さ”とは、自分以外の誰かのために使うことで初めて発揮される力だと思う
人間は誰しも、
その人にしかできないことがあるから、
生きているのである。
そして人は、
そんな自分の考えではないものにとらわれ、
まるでいくつもの紐にがんじがらめとなっているかのように身動きが取れなくなり、
もがき苦しんでいる。
他から与えられた価値観が自分の生き方を邪魔しているのであれば、
そんなものはさっさと取り払ってしまえばいいのに、
ほとんどの人は自覚も無くそういった価値観を大事そうに抱えたままである。
だが、そのことに気づいて障害になっているものを外せば、
「私にしかできないこと」
は姿を現すはずである。
by. 桜井章一氏
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本来は自分で感じたもの、
見つけたものだけを取り入れていけばいい。
何かを受け入れるにしても、
多くの人が信じている考え方や、
自分より上の立場の偉い人からではなく、
ダメな人や困っている人、
あるいは社会的に弱い立場にある人からいろいろと学び、
それを自分の中に取り入れていけばいいと思う。
そんな中から”本当の強さ”
を「これ」とひとつに絞るのはなかなか難しいことだ。
「強くなるにはどうすればいいか?」
といった質問はふだんも取材にみえる人からもよく投げられるのだが、
そもそも「強さ」とは生き物にとってそれほど重要なことなのかという疑問を持ったほうがいいかもしれない。
by. 桜井章一氏
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進化論のことを弱いものが淘汰され強いものが生き残るというイメージでとられている人はけっこういるが、
本当は環境や生活の条件など変化に適応できたものが生き残る適者生存の考え方が進化論の核なのだそうだ。
つまり、見かけは弱々しくても何万年、
何十万年と生き続けてきた生物は生き残るための優れた能力を持っているということだ。
戦って強いとか弱いとかという次元は生物の進化とはあまり関係がないのである。
そう考えれば、
あえて強さとは何かと問われたら、
それは変化に適応していける柔軟な力と言ってもいいかもしれない。
by. 桜井章一氏

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私の中では「本当の強さ」
というものをこうとらえている。
それは、「自分より弱い人を助けるため(救うため)にある」
ものだということだ。
そのためには、
いつも目線が”弱い人”
たちと同じでなければ、
弱い人たちを助けることはできない。
ふだんの生活で”強さ”
ばかりを追っている人は、
そんな社会の中にいる”弱い人”
を見つけることはあまりできないだろう。
by. 桜井章一氏
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自分の子どもが”弱い”
うちはそれなりに他にも弱い立場にいる人たちに目が向いたりするものだが、
子どもが成長するとそんな感覚も薄くなっていったりする。
私は、日常生活の中でたびたび、
自分を”弱者”
に置き換えて考えてみるようにしている。
そうすると、
現実の今の自分の置かれている状況、
環境に感謝心が湧いてくる。
いろんな職種を見て、
「この仕事は重労働だ」
「俺はパソコンなんて使えないしな」
などと感じつつ、
「そんな自分でもまだ仕事がある」
と感謝の気持ちが湧き上がってくるのだ。
by. 桜井章一氏
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でもそうやって世の中の仕事を見るだけで、
今、自分の置かれている環境に感謝心が湧いてきたりするのだから、
ぜひみなさんにも求人欄をそんな目で一度見ていただきたい。
弱い立場にいる人への目配りもできるようになってくれば、
「何か手伝えることはないかな」
「あ、手助けしないと」
とその場、その場にふさわしい、
臨機応変な対応が取れるようになる。
他者を助けるには、
ある程度の余力がなければできないことだ。
自分のことでいっぱいになっていたら、
とてもではないが他の人を助けることなどできやしない。
by. 桜井章一氏
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私にとっては少なくとも自分のために力を使うのは、
本当の”強さ”ではない。
本当の”強さ”とは、
自分以外の誰かのために使うことで初めて発揮される力だと思う。
世間で言われている”強さ”
が実際どれほどの価値を持っているのか、
それを知りたければまずそこ(弱者の目線に立つ)からスタートしてみてはいかがだろう。
by. 桜井章一氏
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人生のスランプが一週間かそこらであればいいが、
これが一ヵ月、二ヵ月となり、
落ち込む期間が長くなればなるほど、
人の精神は蝕まれていく。
落ち込んでいるのが一日、
二日ならそれは”うつ病”とは言わないが、
そんな状態が二、三ヵ月も続ければ
“うつ病”となる。
昔の人たちは今よりも精神的にタフな人が多かったから、
ちょっと落ち込むようなことがあっても数日経てば気持ちを切り替えて、
新たな一歩を踏み出していた。
きっと今の人の多くはそんな
“切り替え”がうまくできず、
いやな気持ち、
落ち込むような思いをいつまでも持ち続けてしまうからうつ病になってしまうのだ。
by. 桜井章一氏
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この世の中に変わらないものなど、
何ひとつない。
「世の中すべてのことには変化があって当たり前。
そして変化はいいほうにばかりでなく、
悪い方にも当然変わる」。
質問にある
「ことごとく裏目に出るということは、
その人が自分がよかれと思うこととすべて反対の選択をあえてしていけばいい」
といった行動は、
かなり作為的ゆえに無理なものになるだろう。
スランプは苦しいから一刻も早く脱け出したいと焦るものだが、
そこはむしろ冷静になって自然に起きてくる変化や流れをもう少しじっくり眺めようという気持ちを持つべきである。
by. 桜井章一氏
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よくない状態であっても、
ずっとそれが続くわけではない。
いいほうへ必ず変化すると思えば、
今をある程度余裕をもってしのげる。
たとえよくない流れが続いてもあきらめずそれに耐えていれば、
ものの三〇分で潮目は変わるものである。
強い意志も真っ直ぐな信念も変わらないもの。
by. 桜井章一氏
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でも、自然が日々変化を続けているように、
人の気持ちも、意志も、
信念も変わっていく。
それなのに「人の気持ちは変わらない」
と思っているから
「あの人は変わってしまった。
裏切られた」
と落ち込むことになるのだ。
太陽も月も、
自然は毎日変化を繰り返している。
そのように私たち人間も日々変化を自然なこととしてとらえていけばいいのである。
by. 桜井章一氏
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だが、反対にトラブル続きのときや絶不調なときを基準にすれば、
ちょっとやそっとのことでは簡単に落ち込んだりしなくなるだろう。
このように重心を低くした上で、
いいこともあれば悪いこともあるさ、
という軽やかな心持ちを忘れない。
そんな姿勢を常に心がけていれば、
スランプに陥ってもそれを必要以上に長引かせるようなことにはならないはずである。
簡単に言えば、
そこに「筋が通っているか、いないか」。
by. 桜井章一氏
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言っていること、
やっていることが滅茶苦茶で、
まったく筋の通っていない裏切りはやはり
「許せない裏切り」
になるのだと思う。
私がものごとの”筋”
を考えるとき、
その基準となるのは
「人として」というよりも
「男としてどうか」
という点である。
その人生の中で行う選択はいつも
「それは男としてどうなのか」
「男らしいことなのか」
「男として筋が通っているか。
筋から外れていないか」、
そういったことが判断基準となってきた。
質問に「不倫も裏切りのひとつ」
とあったが、
私は不倫は裏切りだとはまったく思わない。
by. 桜井章一氏
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不倫をした人は、
伴侶以外の人を好きになってしまったからそのような行動を取ったのだろう。
私から見ればそれはしっかり筋が通っている。
そもそも「女心と秋の空」
(昔は「男心と秋の空」と言った)
という言葉にあるように、
人の心は移ろいやすいものである。
四季折々、
自然の姿形を変えていくように、
私たち人間も日々、身体、
精神の両面でどこかが変化している。
by. 桜井章一氏
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自然の眺めは一日として同じときはない。
それと同じように、
人の心も、体も、
毎日変化し続けている。
それなのに
「相手の気持ちが変わったから裏切りだ」
とはおかしくないか?
付き合っている異性が他の人を好きになったら裏切りと言うのなら、
あなたの気持ちは一生変わらないのか?
その解釈は都合よすぎやしないか?
「自分のものだったのに、
他の人のものになってしまった」
と思うから辛くなる。
by. 桜井章一氏
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付き合っている人が他の人を好きになり、
それで楽しそうなら、
喜んでいるならそれでいいではないか?
「ああ、あの人が楽しそうでよかった」、
そのような考え方をすれば、
それが自分を助けることにもつながるのである。
by. 桜井章一氏
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