■見えない道の歩き方 -竹書房-
現代人は見えるもので囲まれた世界に生きています。
つまり見える世界が現実であり、
しかもできあがった道の半分は妄想でできている。
先人の時代よりはるかに便利で安全な時代になったはずなのに、
しかし、だからこそ迷ってしまうのです。
感嘆で優しくて安全を保証されている道は、
誰かの妄想やウソでできた道かもしれない。
世の中で正解とされている道など、
はなはだ怪しいものなのです。
by. 桜井章一氏
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俺は、結果なんて一つの経過だと思っている。
なにか一つ結果を出したところで、
それで終わるわけではないのです。
道は延々と続いていく。
その道においては、
なにもかもが、経過に過ぎないのですから。
経過は「できた」ということすらないものです。
by. 桜井章一氏
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「牌を持ってちゃんと切れるか」というのは、
言うなれば「一打を切る悟り」です。
麻雀という全体のことではなくて、
たった一つの基本動作ですが、
そこに一つの悟りがある。
しかし、ほとんどの人はそれすらもできないものなのです。
by. 桜井章一氏
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「なんとなく」というと、
感覚だけのあやふやなもので
あまりよくないものだと思われがちですが、
俺はこの「なんとなく」を大事にしています。
「なにげなく」という言葉でもいいかもしれませんが、
ともかくアバウトでいるという感覚が
俺にとってとても大事なことなのです。
「絶対感」を持つことは一番ヤバイことで、
怖いことなのです。
by. 桜井章一氏
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「なんとなく」は、
自然を見ると理解しやすいのかもしれません。
木が育つには、
水だけでは駄目です。
水も必要だけど太陽も風も土も必要になる。
そんないろんな要素がひつようであるという360度の感覚で見ていくと、
中心にある大事なものがすっと浮かび上がってくる。
それが「なんとなく」の感覚なのです。
by. 桜井章一氏
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軸を持つことは大切なことです。
俺のいう軸とは、
イメージで言うと、
360度クルクル回転しながら回っている、
駒のような感覚のものなのです。
軸は柔軟でないといけない。
by. 桜井章一氏
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360度回って全体像を把握していると、
ときどき自分の中にも、
これは違うなというものが見えてくるはずです。
そこで一度自分を否定してみる。
否定することによって、
初めて新しい展開が生まれてくることもあるのです。
だから、シーソーのバランスではありませんが、
その真ん中に立っていて、
それが回転しているイメージでいるといいでしょう。
そうすると360度世界を見渡せて、
いろんなものが多面的に見えてくる。
by. 桜井章一氏
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きれい汚いではなく、
裏面と表面があって立体的に生きているのが人間です。
その中で「どっちを見せてもいい」といった考えた方になったとき、
そこで初めて360度回転する軸の感覚になるのです。
by. 桜井章一氏
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今は燃えるように熱くても、
熱しやすいやつは冷めやすいのです。
だから危なっかしくて見ていられない。
逆に多くを語らずに黙々とやっている子のほうが、
しっかりやることをやって続く場合があります。
ものごとには適温というものがある。
大事なのは適温を知り、
寒ければ服を着て、暑ければ服を脱ぎ、
温度調整ができる感覚を持つことです。
そこが麻痺してしまうと、
おかしな人になってしまいます。
by. 桜井章一氏
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物事は、
決して上にいる優れた人からだけ学べるわけではない。
自分より下の未熟な層の人間からも、
あるいは子供からも学べるのです。
たとえば俺は孫を見て、
自分の過去を見つめ直している。
自分の子供の頃の感覚なんて忘れていることが多いですから、
孫を見ながら自分の観察のやり直しを行っているのです。
学ぼうと思ったら、
どこからでも学べる。
それを学びにできるかどうかは感性の問題なのです。
by. 桜井章一氏
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一つ言えることは、
不器用だからといって器用なふりをして生きなくてもいいということです。
器用じゃない人は世の中とぶつかることも多いでしょうが、
そのときはどうすればいいか自分なりの始末のつけ方を探せばいい。
少しずつ経験して探っていけば必ずやり方が見つかるはずです。
そして、それこそが生き様を作るということなのです。
by. 桜井章一氏
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死んでしまうより、
這いつくばってでも生きていくほうがよっぽど辛い。
しかしそれが生きていくということなのです。
誰しも急に自殺したい気持ちになったわけじゃなくて、
長い間苦しみながらも持ちこたえて生きてきている。
だからその間の時間を肯定してあげることです。
「プライドが傷ついたり、親が失望したりもしたかもしれないけど、
それでいいんだ」と。
そして物事には適温というものがあります。
ほぐした後は、
熱すぎず寒すぎず、
その子が生きていきやすい適温を与えてあげるのです。
by. 桜井章一氏
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不安とか恐怖で立ち止まってしまうということは、
その過去のことに捕まってしまっているということです。
なぜ捕まるかというと、
それは自分の中で「特別なできごと」だからでしょう。
人間というのは悲しみも苦しみも「特別なこと」にした瞬間から、
そこに捕まって忘れ難くなる。
忘れるということは大事なことですが、
同様に、立ち止まらずに動いていくことも、
またとても大事なことです。
動いていれば今は「特別に濃い」ものも、
自然と「薄まって」いく。
生きていくということは、
車の車窓から景色を見るように、
良い景色も悪い景色もどんどん後ろにすぎて薄れていくようなものです。
そうやって動いていく中で、
また新たな景色を見て感動したり悲しんだりして進んでいく。
そして最終的には命すらも「薄れて」やがてなくなっていくものなのです。
立ち止まっている状態というのは、
わざわざ悪い景色のところに停車して、
それを延々と眺めて落ち込んでいるようなものです。
時間の無駄なのです。
by. 桜井章一氏
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ずっと止まっていると、
美しい景色も普通のものになってしまう。
もちろん、いつも全速力で走る必要はないのです。
ゆるゆると走ることも必要でしょうが、
しかし立ち止まってはいけない。
人は生きている間にするべき使命も、
果たさなければいけない義務もあります。
人はやることがたくさんあるのです。
いま自分は動いているか、
止まっているか。
一つ一つの自分の動きを確認してみてください。
by. 桜井章一氏
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“人は全然本物ではない”、
まずその自覚から入っていかないと、
環境問題にしてもさまざまな政治や経済の問題にしても、
人は本当の解決への道には辿りつけないんだと思います。
by. 桜井章一氏
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「忘れる」ということは重要なことです。
忘れていかないと新しいことは入ってこないし、
恨み辛みや、
良くない感情を持ち続けることに繋がる。
「忘れない人」の怖さが、
今、病になっているケースが多く見られます。
子供のときにいじめられたとか、
なぜかいつまでも過去の嫌な記憶をわざわざとっておく人がいますが、
それは自己愛や甘えの裏返しです。
それをバネに、という人もいるかもしれませんが、
それではマイナスのパワーになってしまいます。
by. 桜井章一氏
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忘れるためのコツは、
変化を楽しむことです。
さまざまな場面での変化を楽しまないと、
「忘れ下手」になってくる。
どんなに変わらないと思ったことでも、
物事というものはすべて変わってゆくものです。
それが自然の理です。
そして常に何事に対しても「たいしたことない」という気持ちを持つこと。
たいしたことない、と思えるようになるには、
日頃から「まさかの事態」はあって当然だ、
と思うようにしていくことです。
by. 桜井章一氏
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人の記憶はすべて並列ではなくて、
遠い記憶と近い記憶がある。
人間、遠い記憶のことは、
自然とだんだん忘れていくものです。
ということは、脳の作りからしても、
生存上古い不必要な記憶は覚えていても
あんまりたいしたことがないという意味でもあるわけです。
「忘れ上手は生き方上手」、
そのことを忘れないでください。
by. 桜井章一氏
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