■「人生を変えるシンプル思考」77 ~”20年間無敗の雀鬼”が明かす77の思考~ -宝島社-
音にはすべてはっきり表れるのだ。耳を澄ますことは心を澄ますことに通じる。本来自然はシンプルである
もちろん、
自分の得意な手を発揮できる型をみんな持っているもので、
「型にはまれば強い」
ということもありうる。
だがそれは裏を返せば
「その型で戦えなければ弱い」
のだ。
節操もこれと同じで、
節操という型にはあまりこだわらないほうが、
問題にぶつかっても柔軟に対応でき、
事を大きくせずにすむ。
節操がない生き方は節操に縛られたそれよりもある種独特の強さを持っているのである。
by. 桜井章一氏
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なぜなら人は本来しゃべることを快感に感じる生き物だからだ。
これだけ話すことに熱心な人が増えると、
反対に聞く人が足りなくなるのではという懸念をつい抱くが、
実際に人の話をじっくり聞く人は少ないようである。
現代人がこれだけ自分のしゃべりに熱心になるのは、
自己表現しなくてはこの競争社会で生き残れないという危機感もあるのかもしれない。
その男性相談員は、
徹底して相手の話を聞くことで相手の鏡になることを何よりも心がけているそうだ。
by. 桜井章一氏
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悩みを抱えた人はその鏡に映った自分の姿を冷静に見つめ、
感情を整理できるのだ。
話をじっくり聞いてくれる人がいれば追い詰められ、
ささくれだった心は救われる。
いま多くの人に必要なのは自分が話すことよりも、
自分の話をじっくり聞き、
自分を受け入れてくれる人間だ。
落ち着いた平明な気持ちで生きていくには自分の話を聞いてくれる人を持つこともまたとても大事なのである。
by. 桜井章一氏

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いまの社会は「若い」
ことにとても価値を置く風潮がある。
若さは可能性やエネルギーを象徴するものであり、
そんな若い人が多いほうが社会に活気があるのは間違いない。
すなわち、若さに価値を求めすぎる社会は裏返せばあまり元気がないからだともいえる。
誰しも平等に年をとるわけで、
そこから逃れられる人は一人としていない。
by. 桜井章一氏
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人が歳をとるのは極めて自然なことであり、
本来そこにプラスもマイナスもないはずである。
いろいろな年齢層の人が雑多にまじりあっているのが健全な社会だ。
私は反対に、
自分がこれまでできたことが、
いろいろできなくなってきていることを楽しんだりしている。
老いを自然なものとしてとらえているので、
そうやって変化していっていることに新鮮なものを感じるのだ。
by. 桜井章一氏
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現代人がシンプルな生活から離れていっている一つの大きな原因は、
「見る」もの過剰なほどたくさんあるからだと思う。
見るという行為は脳を強く刺激してくるので、
見ることをあまりにもたくさんすると、
心は落ち着きをなくしていく。
私は見ることに対抗するものとして、
「聞く」という行為をもっと大切にすべきだと思っている。
聞くという感覚は見る感覚より本能に近く、
シンプルな生活を送る上で重要な役割を果たすものだからだ。
by. 桜井章一氏
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それは私が牌を打つ音を何よりも大切にしているからだ。
麻雀では相手の捨牌も自分の牌もはっきり見るというより、
視界に入ってくる絵柄をボーッと見ているという感覚を私は持っている。
それは目で見るというより、
皮膚で感じるという感覚に近い。
そして何よりも研ぎ澄ましているのは耳の感覚だ。
by. 桜井章一氏
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牌を打つ音を聞くだけで、
相手の技量や調子もわかったりする。
音にはすべてはっきり表れるのだ。
壁の向こうにいる人の気配は目で認識できないが、
耳を澄ませば感じることができる。
静かに耳を澄ますと聞こえなかった微細な音や気配が感じ取れると思う。
by. 桜井章一氏
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耳を澄ますことは心を澄ますことに通じる。
いま一度失われたものに耳を澄ませてみてほしい。
そして何かを感じ取ってほしい。
海に入ればいや応なしに自然の圧倒的な力にじかに触れることができる。
by. 桜井章一氏
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自然というのはわれわれの目に見えない力が渦巻いている。
見えないゆえにそれはとても複雑に感じるが、
本当は複雑というよりは変化があまりにも速いのだ。
それが人の感覚では感知できないほどなので複雑に感じるだけで、
本来自然はシンプルである。
それにしても、
私があのとき助かったのは、
自分を複雑にしなかったからだと思う。
by. 桜井章一氏
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つまり、自然に身をゆだねることで心をシンプルにしていられたのだ。
自然のようにシンプルになる。
放っておけば複雑になる前のシンプルな状態に心をたもつ。
そうなることはかくも強いのである。
by. 桜井章一氏
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■我れ、悪党なり ~20年間無敗の雀鬼、日々を語る。~ -竹書房-
大自然が神であり善であるならば、
きょうびの人間は悪に染まり切ってしまった。
現代人は幸福を求め、
喜びを得たいと探し続けているうちに、
それとは逆の方向に歩を進めた。
いまや奈落の底が待ち受ける崖っぷちでどうにか踏みとどまっている。
歴史上その時その場の権力が作り出す悪政や悪行に背を向け、
彼らに洗脳されることなく対抗意識を持ち行動を起こせる者が、
体制側から見た反抗分子であり悪党である。
by. 桜井章一氏
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だが自分の根っこの中に強く男の部分が沸き上がる時、
「我れ悪党たらん」
という息吹が生じてくる。
その息吹こそ、
男としてのかすかなる誇り高さである。
日本の社会はいまや政・官・財・暴という四つの権力が良識ある姿を装いながら、
そこに巣くう数万人の鬼どもに牛耳られている。
政治という存在が利権と結びつくから巨悪が生まれる。
by. 桜井章一氏
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身近な悪は見えても、
政・官・財・暴は考えられないほど大きな悪行を行っているがゆえ、
何がなんだかわからなくなっているのだ。
彼らの一言、一挙一動に我々はもっと疑いを持って、
巨悪の企みを見破る力をつけねばなるまい。
そうでなれば我々も共犯者にされてしまう。
人の住む国は鬼の住む国に変貌している。
by. 桜井章一氏
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