「素」で生きられますか?一覧

書籍/本『どうしたら桜井さんのように「素」で生きられますか? -講談社-』についての豆知識予備校

自分を利することもない人の小さなことにも目を向け、それを大事にする。物事の真理は、疑うことで初めて見えてくるものなのである

「20年間無敗」の伝説を持つ雀鬼・桜井章一氏の格言NO.701を紹介。勝負の鉄則や人生の不変の真理を突く一言は、ビジネスや日常の難局を乗り越えるヒントに満ちています。麻雀を通して培われた深い洞察と、迷える心に響く「雀鬼流」の哲学をぜひご覧ください。真の強さと運を掴む極意がここにあります。

「水に流す」ということと同じくらい、俺は「土に還る」という気持ちを大切にしています。土というのは原点です。言ってみれば運は空気のようなもの

「雀鬼」桜井章一氏の格言第700回。伝説の勝負師が、執着を捨て「水に流す」大切さと、原点である「土に還る」気持ちを説きます。運は空気のように漂うもの。つかもうとせず、肌で感じる柔軟さが幸運を呼びます。「育てない教育」や生活感の重要性など、型に囚われず軽やかに生きるための人生哲学。

人を”尊敬する”ということは、”囚われる”ということでもあります。社会の常識やルールといったものには常に半信半疑の姿勢でいるべきなのです

「雀鬼」桜井章一氏の格言第699回。伝説の勝負師が、尊敬という名の「囚われ」を捨て、自立して生きる極意を語ります。社会の常識や制度を疑い、等身大の自分でいること。百人程度の「仲間」との絆、そして老いることさえ面白がる独自の死生観。固定観念から解放され、心豊かに生きるための智恵。

俺は遊びの感覚を持って、流れのままに生きてきました。唯一あるとすれば自分を否定する”否信”でしょうか。俺は誰に遠慮するでもなく、素直に、等身大の自分で生きていきたい

「雀鬼」桜井章一氏の格言第698回。伝説の勝負師が、執着を捨て「遊び感覚」で流れのままに生きる極意を語ります。自分を常に疑い自問自答する「否信」の精神。人間を「万物の霊長」ではなく「一番弱い存在」と捉えることで見えてくる、等身大の自分で楽に生きるための本質的な人生哲学。

もしかしたら、「十のうち九(く)が苦」だから”苦”なのかもしれない。”本当の自分”なんてものは、誰もが生まれたときからずっと持っているもの

「雀鬼」桜井章一氏の格言第697回。伝説の勝負師が、苦しみを「自分の成長」へと変え、感謝心を持って生きる智慧を説きます。外に答えを求める「自分探し」をやめ、等身大の自分を認めること。定まった形に囚われず、変化し続ける人生を面白がるための哲学。命は授かりもの。その本質を突く言葉の数々。

常に”瞬”を感じながら、「”また”はない」と思って生きてきました。俺はその変化を楽しみながら生きてきたのです

「雀鬼」桜井章一氏の格言第696回。伝説の勝負師が、常に変化する「瞬(いま)」を感じ、変化を楽しみながら生きる極意を説きます。使命感や夢に囚われすぎず、知識よりも「感じる力」を信じること。自立と依存のバランスを保ち、閉ざされた本能を拓いて、現実を軽やかに生き抜くための人生哲学。

そういったシンプルで楽しかった時代に自分を戻すと、現代社会の矛盾や謀略、罠などいろんなことが見えてくる。体力、知力のみならず、能力、権力といったあらゆる力を疑ってかかる

「雀鬼」桜井章一氏の格言第695回。伝説の勝負師が、現代社会の矛盾や権力に惑わされず「素」で生きる極意を語ります。子どもの頃のシンプルな感覚に戻り、不要な力みを捨てることで見えてくる世界の真実とは。トラウマや嫌な記憶に囚われず、固くなった心身をほぐし、健やかに生きるための人生哲学。

何かに気付き、そこから自分自身を変えていく。人生において大切なものはそれぞれの”生きざま”と”行動”です。大切なのは、出た結果を受け止めて、それを次に活かしていくことだと思います

「雀鬼」桜井章一氏の格言第694回。伝説の勝負師が、結果に囚われすぎる現代人に贈る本質的な生き方。夢や目標に縛られて心身を固くせず、自分の流れで生きる大切さを説きます。「自分を救えるのは自分だけ」。結果よりも過程(プロセス)を重んじ、納得感を持って人生を歩むための知恵を伝授。

やることやって貧乏ってのは社会に貢献しているってこと。人のために生きたという証だ。柔らかく牌を握ることでムダな力が抜け、無心になれる。基本動作、そこをしっかりやること

雀鬼・桜井章一氏が語る「貧乏でカッコいい生き方」。人のために尽くすことは社会貢献である。麻雀の役満でも崩れるバランスは「基本動作」の繰り返しで修正できる。ムダな力を抜き、無心になることが、イチローも持つ「微妙なズレの修正力」と「カン」を生む。