「育てない」から上手くいく一覧

書籍/本『「育てない」から上手くいく -講談社-』についての豆知識予備校

断言してしまった瞬間に、見失ってしまう大切なことがたくさんあると思っています。それは、答えを求める過程そのものが答えであるという教育なのです

「絶対」など何ひとつない。雀鬼・桜井章一氏が語る「非教育」の真髄とは?「答えを求める過程そのものが答えである」という考え方を説きます。また、「私心」が人間をダメにすること、見返りを求めない行為の豊かさ、そして「知識」偏重の現代人に必要な「知恵」と「耳を働かせる」ことの重要性を深く洞察します。

「だったらきれいごとでいいんだと証明しよう」と、あるとき思いました。あらためて思うのは、本当に伝わる教えとは、言葉で明確に教えるのでなく、体の深いところで感じていくものではないか

雀鬼・桜井章一氏が「きれいごとで飯は食えない」という常識に挑む。「だったらきれいごとでいいんだと証明しよう」。本当に伝わる教えは言葉でなく、体の深いところで感じていくもの。親が子どもを叱るべき真の理由、そして汚い真似をしない「きれいな勝負」の哲学を説く。

私が「よく聞かないほうがいい」と言っているのは、「耳だけで聞くな」という意味なのです。何よりも五感で感じている状態がいちばんものごとの理解につながっていくはずなのです

「よく聞かないほうがいい」―雀鬼・桜井章一氏が語る、五感を使った真の理解とは?耳だけで聞く「知識」ではなく、五感で感じる「理解」の重要性を説きます。また、「おまえのため」という言葉の裏にある親の真意、子どもへの正しい接し方、そして自然体験が育む人間力について、示唆に富む洞察を提供します。

大事なことは、実際に体に触れて安心させることです。そして感情的に寄り添ってあげることです。それが「手当て」だと思います

雀鬼・桜井章一氏が説く、子どもの個性を活かす教育と真の「手当て」の極意。「大事なことは、実際に体に触れて安心させること、感情的に寄り添ってあげること」だと語ります。責任感の芽生え方、親の不安が子どもに与える影響、「やればできる」という励ましの危険性など、子育てや人生の本質を問い直す名言集です。

子どもを楽しませ、喜びの機会が多いほど、子どもの喜びの感情は伸びやかに育まれることでしょう。私が努力をなぜ敬遠するかというと、努力は「努めて力が入るもの」だからです

「私が努力をなぜ敬遠するかというと、努力は努めて力が入るものだからです」。雀鬼・桜井章一氏が、子どもを伸ばす喜びの重要性、力みを捨てる生き方、そして人生を軽やかにする「智恵」と「人間力」について深く語ります。知識や技術に偏らない子育てのヒント、現代社会における真の「自他立」のあり方を問う、示唆に富む名言集です。

世間の価値観ではダメだとされることでも人はプラスのものにすることができるわけです。我慢と喜びは私の中で分離できないものなのです

雀鬼・桜井章一氏が「子育て」と「しつけ」の本質を語る。世間の狭い価値観で子どもを比べ、型にはめるのは間違い。親の「振る舞い」こそが真の教育であり、見返りを求めない生き方が子どもの可能性を伸ばす。「我慢」と「喜び」は分離できないものだ。

疑うからこそ、よく観察するようになるんです。何かができるから誉められたり、喜ばれたりしているうちは、大したことありません

子育てにおける「信じる」と「疑う」の関係とは?雀鬼・桜井章一氏が説く、半信半疑から生まれる観察の重要性と、愛を超えた本能的な力の絆。親が「できないこと」を隠さずさらけ出すことで、子どもはプレッシャーから解放され、ありのままの自分を受け入れる恰好良さを学ぶ。都会の感覚を捨て、人類の元へ戻るシンプルな生き方を提案。

だいたい力関係ですでに上にいるのに、その立場の人間がさらに圧力をかけて何かをさせようとするというのは本来きれいな行為ではありません。大人と子どもの価値観はまったく違います

力でねじ伏せる教育はきれいな行為ではない。雀鬼・桜井章一氏が、親の「自然な存在感」と、子どもの心をいびつにしない「放る(見守り)」の哲学を説く。知識や情報ではなく現場感覚を磨き、子どもの旬を尊重して成長を促す本質的な子育てとは。

肝心なことは、何事も適度であることが大事だということです。何よりも大事なのは、心をのびのびとさせることです。壊れやすい生ものを前にしているんだという思いを忘れないことです

子どもの心をのびのびとさせるには、何事も適度が大事。雀鬼・桜井章一氏が、過剰な教育を「ブロイラー肥育」と呼び警鐘を鳴らす。知識や情報ではなく、五感で子どもの「生もの」としての成長を実感し、邪魔しない距離からの気配り、そして手間ひまを惜しまない子育ての基本を説く。

その方の人生の辿り方が体全体から伝わってくるからです。それに比べて果たして、自分は年齢と呼べるようなものを人生に刻んできただろうか

「育てる」は幻想。「気づき」こそが人を成長させる。雀鬼・桜井章一氏が、人生経験に基づき、一方的な教育論を否定。常識や善悪に縛られず、子どもが自ら学び、本来の自分を生きるための、親や指導者が持つべき「だいたい」の接し方と、諦めの哲学を説く。