■群れない生き方 -ソフトバンク文庫-
「信念を持って生きろ」と言う人もいるが、
私は信念なんか持つから固定観念が生まれ、
その結果、執着心の強い人間が生まれるのではないだろうか。
私にしてみれば、信念などが通用するのは
万にひとつくらいだと思っている。
by. 桜井章一氏
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むしろ「大志なんか持つから人間がダメになってしまうんだ」
と思っている。
大志、夢、希望、そういった聞こえのいい言葉すべてを
私は信じていない。
視野を広げるのはいいが、
大志や夢や希望を広げてはいけない。
by. 桜井章一氏
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執着の元となる固定観念は世の常識によって形成される。
そして世の常識は、よく見える形で、
あるいは聞こえのいい言葉で人に忍び寄ってくる。
by. 桜井章一氏
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与えていたつもりが、私はまわりの人たちから
多くのものを「もらって」いた。
だから「俺って乞食だな」「こんな天下のホームレスはいないよな」
とつくづく感じる。
by. 桜井章一氏
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今、私の中にあるのは与えている感覚が二割、
もらっているのが八割くらいである。
この命にしたって父と母からもらったものだし、
そうやってすべての物事を
「もらったもの、いただいたもの」と思っていると、
自然と感謝心が起こってくる。
by. 桜井章一氏
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「ありがとう」のない家庭ほど寂しいものはない。
「相手の喜んだ顔が見たい」「楽しませたい」
という気持ちが少しでもあれば、
「やってあげている」ではなく、
「やる」という自発的な感覚が生まれる。
by. 桜井章一氏
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世の中で”いい”とされていることや正義を
私は当時も今も全く信じていない。
自分より弱いものを見かけたら助けるのが人の道である。
エセ強者は自分が必ず勝つことのできる相手しか選ばない。
悪意を持って弱者を虐げるなど人の道を大きく踏み外している。
by. 桜井章一氏
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いるだけでウンザリするような群れ社会の中で、
君が唯一やれること、それは、自分の考えに忠実になり、
最低限のゆずれない部分をどんな場所にいても貫くことだと思う。
人には本来、その人の歩べき独自の道があるのだから。
いつでもそれを忘れないでほしい。
それで君のまわりから人がいなくなったのなら、
それは君が強くなったことの現れだと思っていい。
by. 桜井章一氏
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私からすると「”孤独”と”孤立”を履き違えているんじゃないか」
と感じる場合が多い。
“孤独”とは、独りぼっちの世界に自分で入り込んでいくことである。
一方の”孤立”はまわりから弾き出されてしまった状況である。
by. 桜井章一氏
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寂しさというものが強まれば人は病んだり、
ひどい場合は狂ったりする。
人間には願望というものがあり、
誰もが「自分の思うように生きたい」「思うようになりたい」
と願っている。
by. 桜井章一氏
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思い通りになってほしいと願いすぎると、
その願望が叶わなかった時の寂しさは願望の大きさに比例して増大していくだろう。
寂しさは、一度はまってしまえばなかなか抜け出せない底無し沼のような存在である。
子どもの育て方ひとつとっても、幼少期に寂しさをちょっとでも入れてしまうと
その寂しさはおとなになってもどこかに残ったままになってしまう。
by. 桜井章一氏
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寂しいもの同士で付き合うくらいなら、孤独でいた方がまだマシだ。
孤独でいる分にはそれ以上冷たくなることはなるが、
寂しいもの同士でつるんでいたら冷たさに拍車がかかる。
そんな冷たい関係をいくら続けたとしても、
そこから明るいものが生まれてくることなどはない。
by. 桜井章一氏
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自分がないから、他からいろんなものを自分の中に入れ込む。
知識や情報を詰め込むことに躍起になっている人は優秀なのではなく、
結局のところ自分というものを持っていないだけなのだ。
君がそこにいる、つまり君が存在していることは、紛れもない事実である。
自分が事実として存在しているのだから、等身大の自分で生きていればいいだけのことだ。
しかし、現代人は自我やエゴは押し出すものの、
不思議と自分というものを持っている人物がほとんどいなくなった。
by. 桜井章一氏
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ひとりでは何もできない赤ん坊は誰かの手を借りなければ生きていくことはできない。
それは、何かに依存しなければ生きていけないことを意味している。
何かに依存しているということは、その頼るべき存在が無くなれば
生命がおびやかされるということだ。
人間関係の基礎は幼少時、同じ血の通った親族との関係から始まる。
そこが蔑ろにされてしまうと人の心の中にある孤独感や不安といったものが
必要以上に大きくなり、その後の人格形成にも悪影響を及ぼす。
by. 桜井章一氏
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大事なのは結果ではなく”過程”なのだ。
例えば子どもがピアノを習っているのであれば
「今日はどんな曲を弾いた?」「楽しかった?」
といった過程を知る内容だけでいい。
by. 桜井章一氏
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