みなさんは中味のある人になりたいかもしれないが、 私は空っぽな人になりたい

■男の器 ―――常識に囚われない生き方 -角川oneテーマ21-

もつれあった思考がほどけて整理されていく感覚だ。

物事は考え込むのではなく、
整理するという感覚でやったほうがいいのである。


by. 桜井章一氏

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男はうつむいてはいけない。

いつも少し目線を上げて遠くを見る。
そんな姿勢を基本として持っていたほうがいい。


by. 桜井章一氏

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何かの行動をするとき、
いつも「準備・実行・後始末」ということが私の頭にはある。

何事も準備ができていなければ、うまく実行はできないし、
後始末をきちんとしておかないと次の行動に滑らかに流れていかない。


by. 桜井章一氏

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何時にどこかにいくという用があれば、
そこに三十分前には着くように出かける。

あわてると人間、ろくなことはないものだ。
現代人はどこかいつも心に余裕がないのだ。


by. 桜井章一氏

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何かの用をすますときでも、早く正確にできれば一番いい。

せかされた気持ちで物事をなすと往々にしてミスを起こす。
ミスを起こさなくても質の伴わない粗い仕事になりがちだ。

ゆったりした気持ちが根底にあれば、
素早く行動しても失敗は少ない。

それが理想的だ。


by. 桜井章一氏

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20年間無敗の雀鬼・桜井章一氏が語る、勝負の要「バランス感覚」の正体。それは「全体観」「相互感」「時の感覚」の3要素で構成される。勝利へ導くムダのないシンプルで理にかなった動きと、型を破り常に限界を更新する強さの秘密、そして「平常心」を日常で養う重要性を解説します。

それは遊び感覚を工夫していれることである。

単純作業も自分の限界を試すという気持ちでやれば、
面白い遊びになってしまうのである。

仕事や用事を素早くすますことと、
ゆったりした気持ちでいることは矛盾しない。


by. 桜井章一氏

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逆にゆったりした余裕のある気持ちでいるからこそ、
素早く的を射た行動も可能になるのである。

私はゆったりしているとき、
ぼっとしているようでも感覚だけは澄ましている。


by. 桜井章一氏

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センサーが鋭敏になっていると、
何か危急のことが発生しても素早く対応できる。

だが、気持ちが焦っていたり、
何かに囚われて硬くなっているときは、感覚が鈍るのである。

そうすると突発的なことが起きても瞬時に対応できなくなる。


by. 桜井章一氏

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私はゆったり外を歩いているときも、
そんなセンサーを無意識のうちに働かせている。

自然からすれば、
急ぎ足になるような生き方は格好のいいものではない。


by. 桜井章一氏

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生き物としてのリズムからすればそれは不自然なことだ。

基本はゆったりしながらも肝心なところでは
鋭敏に物事をとらえ素早く動く。

そんな生き方をしたいものである。


by. 桜井章一氏

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20年間無敗の雀鬼・桜井章一氏が語る、勝負の「終わり」と「始まり」の哲学。「勝った」と思った瞬間こそ次の敗北の始まり。勝負の品格、ハングリー精神の本質、そして真に勝つべき相手は「己」であるという厳しさについて解説。勝ち負けを超えた「ホンモノの勝負」を定義します。

中身のある人というのは、教養だけでなく、
信念のようなものもどこか感じさせる人ということになる。

中味のある人。空っぽな人。

どちらかといえば、みなさんは「中味のある人」
になりたいかもしれないが、
私は「空っぽな人」になりたいと思う。


by. 桜井章一氏

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私にとっては教養も信念も、
プラスよりマイナスの要素を多くもっているものだからだ。

信念は生き方を不自由にさせることのほうが多いからである。


by. 桜井章一氏

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いろいろなものをぎゅうぎゅうに押し込み、
詰め込んで生きていくと、どこかで息苦しくならないだろうか。

いっぱいいっぱいに入れないで、
せめて半分くらいは空けておきたい。


by. 桜井章一氏

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十分空いていれば、風通しもいいだろうし、
いろいろなものが自由に出入りできて気分もいい。

そんな空っぽな人に私はいつもなっていたいと思う。


by. 桜井章一氏

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私のなかには確信というものがこれっぽっちもない。

私を取り巻くこの世界に対しても、
私という人間に対しても、何ら確信を持っていない。

人は確かなものを求める生き物である。


by. 桜井章一氏

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