軸は本来一つだけでなく、たくさんあってそれがいつも360度回転している

■体を整える ~ツキを呼ぶカラダづかい~ -講談社-

軸は本来一つだけでなく、たくさんあってそれがいつも360度回転している

危機やトラブルが「ホンモノの動き」を引き出すのは、
何よりもふだん眠っている本能を刺激するからだ。

絶え間なく危険にさらされている自然界の生き物は本能そのものの動きをしているので、突然危険な状態にさらされてもとっさの対応ができる。

彼らの「ホンモノの動き」から、
人が学べることはけっして少なくないのである。


by. 桜井章一氏

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カラダはきびしい環境に置かれる、
思いもよらぬ可能性を開いて見せてくれる。

いわゆる「火事場の馬鹿力」といったものはまさしくその一例だが、
カラダは不利な条件の下に置かれると、
それを打ち破っていく力を発揮するものだ。


by. 桜井章一氏

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私は麻雀の勝負で圧倒的不利な状況、
相手に9の分があり、
こちらには1しかないというようなときこそが勝負所と思って、
現役時代戦ってきた。

五分と五分でのるかそうるかといった局面でのしのぎ合いは、
別に勝負どころでもなんでもない。

こちらが圧倒的に不利なときこそ、
そこで踏ん張ればとてつもない力が出て、
一気に形勢が逆転するのである。

それこそが本当の勝負所なのだと思う。


by. 桜井章一氏

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土壇場でこそものすごい力が出てくるのであれば、
追いつめられるというのはその意味でけっして悪いことではない。

カラダはそういう状態に置かれると、
「このままだったら危ない、死ぬぞ」となり、
眠っている本能が揺さぶられるのだと思う。

ふだん人間として生きていることで身につけている思考は剥がれ落ち、
本能のようなものがむき出しになってくる感覚がまさしくそこにはあった。

野生の動物が本能を研ぎ澄まして戦いに挑むのと同じようなものが、
そのときの自分にはあったのかもしれない。


by. 桜井章一氏

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何日もそうやってほとんど寝ず、
食べずの状態でいると、
意識がものすごく覚醒してきて、
ちょっとした物音でも耳をろうするほどの大音響となって聞こえたりするのである。

そうした異常ともいえる状態で勝負に臨むと、
思考が一切はいらない純粋な感覚だけで牌を操っている。

そして見えないはずの相手の牌の柄を感じ取ることもできるのである。


by. 桜井章一氏

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■努力しない生き方 -集英社- よいことというのは、そればかりやっていると、 心の中に元からある悪いものをどんどん抑えつける...

比叡山延暦寺に千日回峰行という修行がある。
その修業の一つにお堂にこもって9日間、
断食、断水、不眠、不臥で過ごすというものがある。

そのような条件での人間の生理的限界は3日間とされているから、
命がけの極めて危険な行だ。

瞑目している修行者は線香の灰が落ちる音も聞こえるという。

われわれの感覚にはまだ知られていない未知の領域がたくさんあると思う。


by. 桜井章一氏

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人のカラダというものは、
このように極めてきびしい環境・条件に置かれると、
むしろ細胞が活性化され、
「生きよう」という底力が引き出される。

我々現代人は本能という観点から今一度、
自分たちのカラダを見つめ直してみるべきではないだろうか。


by. 桜井章一氏

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私は危機やトラブルといったものに対しては、
自分を試す機会ととらえてむしろ積極的に向かっていくところがある。

カラダを危険にさらすことはその本能を何よりも刺激してくれるのである。


by. 桜井章一氏

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■ピンチの本質 ~絶体絶命を乗り切る技術~ -KKベストセラーズ- この私も、何か事があった時に相反するふたつの考え方を自分の中に持つ...

軸はカラダの真ん中にあるわけではない。

なぜなら軸は本来一つだけでなく、
たくさんあってそれがいつも360度回転しているといったものだからだ。

そんな軸があれば、
どんな形をとろうと、
どのような動きをしようとカラダの中心が定まる。


by. 桜井章一氏

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もっともこの中心は物理的な中心とは違う。
中心は動きの変化とともに絶え間なく変わる。

絶えず変わるということは、
カラダは多様性に満ちているということにほかならない。


by. 桜井章一氏

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中心が固定されている状態とは、
中心に囚われているのである。

中心に囚われている人は、
かしこまって本音が出せない。


by. 桜井章一氏

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■男の器 ―――常識に囚われない生き方 -角川oneテーマ21- 駄目な生き方をしていれば、 「何かを持っている」人...

だから、行儀がいいということは、
世間でいうほどよいものではなく、
反対に行儀の悪いことにむしろいい面があるのだ。

たとえば行儀が悪くてもいいよ、
といわれると心もカラダも本音が出やすくなる。

それゆえ、行儀が悪い方が、
自然ないい変化が生まれてくるのである。


by. 桜井章一氏

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先にカラダの軸は一つだけでなく、
たくさんあるという話をした。

スポーツの勝負というものは、
いってみればこの軸の取りっこである。

強い人ほど当然軸はしっかりしているし、
数も多い。

そして自在に動いてなかなか相手に取らせない。


by. 桜井章一氏

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軸がしっかりしている人は相手の軸を素早くとらえることができるが、
そうでない人は相手のどこに軸があるのかもなかなかわからない。

軸を取られるとなぜ劣勢になるかというと、
それによってカラダのバランスが大きく崩れるからである。

バランスを崩せばカラダの動きはおかしくなるし、
場合によっては止まってしまう。


by. 桜井章一氏

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