人生は「失う」ことのほうが自然だということです。失うことによって、「自分というものを見つけて、形成してみる」のです。心を強くするためにも「失う練習」は役に立つでしょう

■マイナー力 ~「負け」が「勝ち」になる生き方~ -竹書房-

人生は「失う」ことのほうが自然だということです。失うことによって、「自分というものを見つけて、形成してみる」のです。心を強くするためにも「失う練習」は役に立つでしょう

道場生すべてに私の目が行き届いて、
彼らがどういう状態にあるかを把握できるくらいの範囲内じゃないと嫌なのです。

それくらいの大きさじゃないと、
自分らしくないという思いもあります。

せいぜい百人ちょっとのメンバーが限界でしょう。

しかし、目を行き届かせて気に掛ける存在が百人もいるということは、
もうそれだけで大変なことです。


by. 桜井章一氏

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時間も労力もかかる。

しかも気に掛けるには、
その相手をある程度以上好きにならないといけません。

そんな存在が百人もいるというのは、
私にとってとてもありがたいことです。

広げ過ぎて、
手に余るものまで持とうとしていないか考えてみてください。


by. 桜井章一氏

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広げ過ぎたら、
本当に必要なものまでこぼれ落ちてしまうかもしれません。

メジャー感覚というものは、
「得る」ことがいいことだと教えている。

何かを得ていく中で、
「自分というものを見つけよ、形成せよ」
というのがメジャー感覚の教えでしょう。

仮に何もかも失ったとしても自分自身は残ります。


by. 桜井章一氏

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もっとも自分自身の体力や生命力も、
どんなに身体を鍛えようと、
歳月とともにこの地球上から消える日が来る。

どんなにたくさんのものを得たところで、
人は死によって最後は全部を失うのです。

つまり、人生は「失う」ことのほうが自然だということです。

そうであるなら、
失うことに恐怖して目を逸らすのではなく、
意識して「失う」ことを見つめ、
「失う練習」をしてみるのもいいのではないでしょうか。


by. 桜井章一氏

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失うことによって、
「自分というものを見つけて、形成してみる」のです。

心を強くするためにも「失う練習」は役に立つでしょう。

「得る」ことにわれわれは盲目的になっていますが、
「得る」ことの裏側でさまざまなものが失われてもいるのです。

何かを得ようとするとき、
自分にとって何が必要で何が必要でないのか。


by. 桜井章一氏

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■人を見抜く技術 ~20年間無敗、伝説の雀鬼の「人間観察力」~ -講談社+α新書- 人は自分の心を抑えようとしても、 ...

それをしっかり考えて、
必要なものだけを得るという感覚を持つといいでしょう。

たとえば、
必要か不必要かを判断する一つの基準をあげるとすると、
周りの人たちと一緒に笑顔になれるかどうか、
あるいは人を楽しませることができるかどうか、
ということなんかも入ってくると思います。

そして実際、
周りの人たちを温かい気持ちにさせて笑顔でいると、
おのずと必要、
不必要という感覚は磨かれていくものなのです。

肩の力を抜いて深く息を吸って吐く。
そんな自然な呼吸ができないのです。


by. 桜井章一氏

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深い落ち着いて呼吸ができない理由の一つは、
身体に力が入り過ぎているからです。

人には、
「何か大きなものを動かすためには力を入れなきゃダメだ」
という固定観念があるから、
気合を入れる場面では意識して力が入り過ぎてしまう。

行動に意識が行き過ぎると、
途端に呼吸はおかしくなります。

緊張すればおのずと身体が硬くなり、
呼吸は浅くなってしまいます。


by. 桜井章一氏

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逆に呼吸が浅くなると、
身体から力が抜けず、
柔らかく機敏に動くことができなくなる。

そうなると危ない場面で逃げられないとか、
いざというときに動けないやっかいな状態を招いてしまいます。

大切なのは、
自分にとって自然に呼吸ができる精神状態にすることであり、
そんな自然な呼吸ができる場所にいることです。

自然に呼吸ができない場所は、
みなさんにとって本来いるべき場所じゃないのかもしれません。


by. 桜井章一氏

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■瞬間力 ~逆境を乗り切る方法~ -竹書房- こんな世の中だからこそ、いかに捨てられるかが大切だ。必要なのが勇気 ...

常識の多くは法律と一緒で、
そのほとんどは権力者側の人間が自分たちの都合が良いようにつくったものです。

だから常識にとらわれることは、
半ば権力者の言いなりになっているのと同じことなのです。

また、常識とはマニュアルみたいなものでもあります。

与えられたマニュアルに則って生きても、
それは本当に自分の人生と言えるのでしょうか。


by. 桜井章一氏

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肝心なのは、
自分の中に無意識のうちに形成された常識を疑ってみるということ。

そうやって常識をふるいにかけ、
非常識との狭間で上手くやっていくことです。

常識と非常識の狭間で揺れながらやっていくからこそ、
人生は面白いのです。

それこそが自分で考えて責任を取り、
自分自身の足で立つという「生き様」になります。


by. 桜井章一氏

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非常識にも幅がありますから、
非常識の最先端まで行くことが良いか悪いかは分からない。

「ここまでなら大丈夫、これ以上はダメ」というバランスを取りながらやっていくことが大事なのです。

常識を疑うということは、
一個の人間に戻るということなのです。

そんなマイナー力を一人ひとりが取り戻せば、
社会の風通しはもっと良くなっていくはずです。


by. 桜井章一氏

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■瞬間力 ~逆境を乗り切る方法~ -竹書房- 情報というのは小さくしなくてはダメなんだ。瞬間で分析して、パッと大切なものをつかむ ...

常識にとらわれない生き方をしようとすれば、
自分が持っているさまざまな思い込みというものを捨てなければいけません。

思い込みというのは固定観念です。

ある意味では、
人の行動の大半は思い込みであるとも言えます。

思い込みという固定観念も、
常識を疑うことと同じように疑ってみることです。


by. 桜井章一氏

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思い込みの中でもやっかいなものに、
「過去の嫌な記憶」というものがあります。

過去に起こした失敗やトラブル、
嫌な記憶といったものは、
無意識の思い込みとなって、
本来のダメージの何倍にもなってしまうことがよくあります。

大したことないことでも、
思い込みを強く持つことで重大なトラウマになってしまうのです。

トラウマとして引きずることは、
結局、自分で自分の首を絞めるような行為です。


by. 桜井章一氏

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そうやって過去に縛られないためには、
辛いことが起きても目を背けないことが大事です。

痛いなら痛い、
辛いなら辛い、
寂しいなら寂しい。

しんどくても、
その瞬間の自分の素直な気持ちを受け入れることです。

そのときしっかり現実に向き合えば、
トラウマはやがて消えていきます。

自分の考えというものを、
思い込みで固定しないことです。

今はこう思っているけど、
これもまた変わるんだろうなという感覚でいるのがいいのです。


by. 桜井章一氏

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