自我があるということは、自分だけの特性があるということです。「これは俺にはできないことだからいいや」でいいのです。大事なことは、等身大の素の自分を活かすこと

■マイナー力 ~「負け」が「勝ち」になる生き方~ -竹書房-

自我があるということは、自分だけの特性があるということです。「これは俺にはできないことだからいいや」でいいのです。大事なことは、等身大の素の自分を活かすこと

安全や安心をやたら求めるメジャーな社会風潮からすると、
人生に確証がないという事実は耐え難いことかもしれません。

しかし、確証がないということは、
それだけ人は自由だということでもあるのです。

「勝ち」は「強さ」につながりますから、
みんな「能力」を持って「強さ」を得ようと必死になっている。

今は小さいころから、
いい学校に入っていい会社に入るためには「能力を上げよ」と教えられています。


by. 桜井章一氏

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この世に「何もない」人など、
絶対にいないのです。

第一、自分という存在がある以上、
まず「生命」があります。

「生命」というものを持っているということは、
とても大きな能力を持っているということです。

そして「自我」もある。


by. 桜井章一氏

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たとえ主義主張がなく「自分がない」と思っている人でも、
人との関係において絶対的に「自」と「他」があるはずです。

どうやったって、
自分は他人の一部にはなれないのです。

自我は生きているうちにどんどん育ちます。

そして「自」と「他」の意識の中で、
人は自分が自分であるという自我を形成していくわけです。


by. 桜井章一氏

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自我があるということは、
自分だけの特性があるということです。

何も背伸びして頑張る必要なんてありません。

みんなが「できるようになりたい」と憧れるようなメジャーな能力でも、
自分の中にないものなら、
「これは俺にはできないことだからいいや」でいいのです。

大事なことは、
等身大の素の自分を活かすこと。


by. 桜井章一氏

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それは一般的な価値観から見たら、
マイナーな場所でしか活かせないことかもしれない。

しかし、だからといってその特性を無視するのはバカバカしいことです。

世間はどこか努力至上主義のところがありますから、
「できないことでも努力してみる」ことが美しい姿だと思うかもしれません。

しかし、それは悪い努力です。


by. 桜井章一氏

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■人は八割方悪である -竹書房- 力を出せば、力は失われる。見えるものを追うと、見えなくなる! 麻雀を打つための目というものが...

だいたい自分が本来持っている能力と、
こうあってほしいと望む能力が違うから、
努力して別の能力を得ようとしているわけでしょう。

そういった自分を消耗させるこだわりは、
メジャーなほうへメジャーなほうへと目が向かっているから出てくるのです。

マイナーなほうへ目を向ければ、
絶対に今の自分の素のままで、
活かせる能力があるはずです。

マイナー感覚で勝負するということは、
ない能力を探したり、
頑張ってメジャーな能力を育てようとしたりすることではありません。


by. 桜井章一氏

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すでに素の自分が持っている能力、
今ある能力を、
最大限に活かしてあげるという考え方の上に成り立っているものなのです。

人間は人それぞれ、
できることとできないことがあります。

当たり前のことですが、
人間は平等に生まれてきません。

今の教育はすべてにおいて誰しもが平等であることを前提に、
「努力や練習によって誰もが望むことを手に入れられる」というようなことを教えます。


by. 桜井章一氏

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でも、そんなウソを教えられるから、
みなさんは悩んでしまう。

私たちは持って生まれた容姿も違えば、
持って生まれた能力も違う。

だから人によってできることとできないことがあるのは当たり前です。

与えられた自分の状況の中で、
自分なりの人生を切り拓いていかなくてはいけないのです。


by. 桜井章一氏

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■人は八割方悪である -竹書房- 掃除という行動からは、自ら気づき汚れをなくそうとする感性が生まれる 麻雀でも他のことでも、 ...

「みな平等」と教えられる弊害は、
「本来の自分」という「等身大の能力」が分からなくなってしまうことにもあります。

先ほど言った、
「ない能力を探してしまう」ということにつながってしまうのです。

等身大の能力とは、
自分の内側にあるものです。

多くの人は、
外側にある目標とする他人の能力ばかりを見て、
「どうやったら一番自分を活かすことができるか」と考えている。


by. 桜井章一氏

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ある能力を磨こうと思っても、
自分の中にその要素を大して持ち合わせていなければ、
上手くいくはずがありません。

しかし、人間は自分でも気づかないところに、
「活かせる何か」が眠っている。

頭が良いとかスポーツができるとかといったこと以外に、
いろいろな小さい能力をたくさん持っています。

そこに目を向けて活かすことが大事だと思います。


by. 桜井章一氏

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一つひとつは小さいかもしれないけれど、
ちりも積もれば山となる。

それがマイナー力というものです。

たくさん能力を持っている幸せもあるかもしれない。

だけどマイナー力に気づけば、
「できなくたって幸せだ」という気持ちになってきます。


by. 桜井章一氏

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できなくても必ず道があることが分かるのです。

そこで思いっきり頑張れば、
結果的に自分が望んでいたものを手に入れられるかもしれない。

目的地にたどりつく道は、
一つではありません。

時間がかかったって、
回り道したっていい。


by. 桜井章一氏

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それを恐れない強さが、
マイナー感覚の強さなのです。

今のように物が溢れている時代は、
物を粗末に扱いがちですが、
それこそ物のない時代の人は、
一つひとつを無駄にしなかったと思います。

そのままでは灰汁が強くて食べられない食物があれば、
上手に煮込めば灰汁が抜けて美味しく食べられるという発見をしました。

そういう手間や、
ちょっとした工夫を惜しまない心、
それに知恵とたくましさがあったのです。


by. 桜井章一氏

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ところが豊かになると、
美味しいところや栄養のあるところだけ食べて、
あとは捨てられてしまうようになる。

そうなると、灰汁の強いもの、
手間をかけなければ食べられないものは、
最初から「要らないもの」として扱われるわけです。

彼らは(「能力がない」と思われている人)「面倒だ」と言われて捨てられてしまいがちですが、
ちょっと見る角度を変えたり、
ひと手間かけたりすることによって、
十分社会の中で活かすことができる。

それなのにたった一つの尺度でもって切り捨てるというのは、
愚かな話です。


by. 桜井章一氏

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なんの能力もないと思われていた人や子どもたちは、
灰汁抜きをしたら驚くほど美味しいものになるかもしれない。

即戦力になる人間ばかりを重宝するのではなく、
一見、使えそうにないような人でも工夫して活かしていく。

それも重要なマイナー力なのです。


by. 桜井章一氏

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