私の「集中」のイメージは、「波紋」である。その中心に自分の身(目)を置いて全体を見通し、それが無限に広がる感覚

■「勝負強い人間」になる52ヶ条 -三笠書房-

私の「集中」のイメージは、「波紋」である。その中心に自分の身(目)を置いて全体を見通し、それが無限に広がる感覚

ひとりの相手やひとつの瞬間やひとつの牌にとらわれてしまうような人は、
決して強くなれない。

同時に起きているいくつもの事柄に対処していく能力が問われるのが麻雀なのだ。

実は麻雀以外のこと、
世の中のあらゆることもそれと同じだ。

ひとつのことにとらわれてそこだけをじっと見つめていたら、
決して強くはなれない。


by. 桜井章一氏

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いくら本人が「俺は今、これに集中しているんだ」と言って、
そこだけを凝視していても、
その人を取り巻く世の中では、
いくつものことが同時に起きている。

それなのに「俺は集中している」と言って、
たったひとつのことしか見ていない(あるいは、やっていない)のは、
本当の集中ではない。

それは単に視野が狭いだけなのだ。

そうではなくて、
その全体の真中に目を置いて、
目を少し細めるような感じで全体を見ると、
全体が見えてくるようになるはずだ。


by. 桜井章一氏

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実は、これが集中なのだ。

もうひとつつけ加えるならば、
私の「集中」のイメージは、「波紋」である。

池に小石を投げ入れると、
石を中心にして波紋ができる。

その中心に自分の身(目)を置いて全体を見通し、
それが無限に広がる感覚。


by. 桜井章一氏

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それが「集中」である。

一点凝視が集中だと思っている人は、
集中しようという意識が強ければ強いほど、
肩に力が入り、
やがて心身ともに硬くなってしまう。

視野が狭いうえに硬くなっていたら、
強くなれないどころか、
できることさえできなくなってしまう。

頭にも体にも柔軟性がないからである。


by. 桜井章一氏

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特に、「ここが勝負どころ」というときは、
誰でも緊張するものだ。

緊張感自体は悪いことではない。

勝負どころで何より大切なのは、
緊張を突きつめた緊迫感なのだ。

そのとき、
まばたきもせずに目を見開いて集中しようとするのではなく、
むしろ薄めを開けるような気持ちでいれば、
波紋の中心から全体を見通すことができるはずだ。


by. 桜井章一氏

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■群れない生き方 -ソフトバンク文庫- 雀鬼会でやっていることは"いじめ"ではなく"いじり"だといえる。 その場をしっか...

「集中力を持続させるにはどうすればいいか」という話にしても、
そもそも間違った集中をしていたら持続などできないのである。

波紋の中心から全体を見渡すことが集中だという意味がわかれば、
おのずと集中力は持続できるのだ。

情報というものは、
手に入れることより捨てることのほうが難しい。

情報を得るのは受け身でもできるが、
その情報生かしたり捨てたりするのは主体性がなければできないからだ。


by. 桜井章一氏

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情報を得ただけで何かが成し遂げられるなら、
世の中、こんなに楽なことはない。

そう思ってしまうのは、
他力本願な部分が強いからだ。

しかし、
情報などというものは他人からもらったものでしかないから、
自分の中にそれを判断する能力がなければ何の役にも立たないのだ。

それは実体験がないのに知識だけ抱えてしまうからだ。


by. 桜井章一氏

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つまり、情報を生かすためには、
自分の実体験をもとに情報を判断する能力をつけておくことが必要なのだ。

自分自身が主体的に行動していくことによって、
情報の価値を測れるようになる。

それが情報処理能力だ。

情報が入ってきたら、
それをすぐに生かそうとか捨てようとか思わないことだ。


by. 桜井章一氏

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「捨て方がわからない」と言うなら、
無理に捨てようとしなくていい。

それの情報が使えるときがくるのを待っていればいいのだ。
やがてそのときがくる。

もし「これは違うな」と感じたら、
そこでポーンと捨ててしまえばいいのだ。

どんな情報であっても、
情報と実体験の遭遇がなければ、
そこには何の価値もない。


by. 桜井章一氏

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情報を得る、
行動して情報を実体験する、
そのあとで取捨選択する。

その消化活動の繰り返しの中でしか情報の処理能力は身につかない。

私が情報を取捨選択するときに基準になっているのは、
すべて実体験だ。

自分で体験したことのない情報は基本的に信用しない。


by. 桜井章一氏

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自分で情報を体験して消化したとき、
はじめて知識が知恵になる。

情報をどう判断するかと迷う前に、
まず行動して情報を消化する。

そうしていくうちに、
今度は道の情報を嗅ぎ分ける感性もついてくる。

「あ、これは価値のある情報だな」
「これは不要な情報だな」
「この情報はみんなが鵜呑みにしているけど、きっと間違っているな」
という判断ができるようになってくるのだ。


by. 桜井章一氏

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「100%」というのは、
案外、モロいものだ。

100%。
つまり、「完全」とか「絶対」というのは非常に危険だ。

私は勝負に臨むとき、
常に「80%」の気持ちを忘れないようにしている。

100をすべて勝とうとすると、
そのすぐ後ろには負けが待ち受けている。


by. 桜井章一氏

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「80、勝てばいい」という気持ちでいれば、
余裕が生まれ、
勝ち続けることができるのだ。

一生懸命にやっても、
それは80%の力。

20%の余力がある。

この20%というのは、
車の運転でいうハンドルの「遊び」のようなものだ。

この遊びがあるから、
余裕も生まれるし、
勝負も仕事も楽しくなる。


by. 桜井章一氏

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「100%」とか「絶頂」の向こうには、
必ず不調がある。

「100%のそのまた上」というのはありえないし、
「絶頂以上」というのもありえないのだから、
あとは下るしかないのだ。

しかし、80%を保っていれば、
向こうに落ちてしまうことがない。

どんなにがんばったとしても、
それが自分の80%。

どんなに成功できたとしても、
それが自分の80%。

たとえば、人に何かをしてあげたとき、
どんなに尽くしたとしても「これは80%」だと思えば、
自分を見失うこともなく、
相手との関係性も崩れない。


by. 桜井章一氏

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