何かひとつできればそれでいいという教育からは、強い人間は育たない。私は何よりも「循環」を大事にしている。「まんべんなく」「偏らない」

■「勝負強い人間」になる52ヶ条 -三笠書房-

何かひとつできればそれでいいという教育からは、強い人間は育たない。私は何よりも「循環」を大事にしている。「まんべんなく」「偏らない」

本質的な不変の部分と絶えず変化している部分を、
自分の中で整理できているかどうかだ。

そのうえで「変わらない」とか「変わる」という話が出てくるのである。

私はさまざまな言葉を受け止めるとき、
「この言葉は強さからくる言葉か、弱さから出てくる言葉か」
という判断をするが、
「信念」という言葉は、
どう見ても弱さからくる言葉だ。

強い人が残した言葉の中に「風林火山」というものがある。


by. 桜井章一氏

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これ言ってみれば変化のことであろう。

「動かざること山のごとし」と言っていても、
次の瞬間「速きこと風のごとし」というわけだから、
変わり身の話である。

風も林も火も山も自然のもの。

「信念」のように人が頭で考えた言葉とは違うから強い。


by. 桜井章一氏

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私に言わせれば、
サラ金も銀行も同じである。

貸したの返したので儲けようとするのは、
人の道から見れば、
しょせん邪道でしかないのだ。

人間、金を借りたらダメになる――。

金を借りるという行為は、
必ず罪を生む。


by. 桜井章一氏

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その罪は、
その人間が性悪だから犯すのではなく、
借りるという行為が人間を歪めた結果なのだ。

誰しも、金を借りるときは
「きっと返す」「必ず返せる」と思って借りる。

ところが、実際には返せなくなる事態が頻繁に起こる。

そうすると、言い訳をしたり、
ごまかしたり、ウソをつかなければいけなくなる。


by. 桜井章一氏

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なんとか返そうと思うあまり、
悪事を働かなければいけなくなる。

そして、犯罪なり、法スレスレの人の道に反した行為なり、
金さえ借りなければ犯さないですんだはずの悪事を働いてしまう。

社会のさまざまな事件のうち、
金の貸し借りに端を発したものがどれだけ多いことか。

金を借りるということの怖さはそこにある。


by. 桜井章一氏

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■人は八割方悪である -竹書房- 強さと温かさを求め、何よりもそれを実践するため、心で気づき鍛錬を重ねる 人としての強さと温か...

金を借りたばかりにコソコソしなければならないぐらいなら、
どんなに金が足りなくても貧しくても、
金を借りずにいたほうが堂々と生きられる。

堂々と生きていれば、
視界も広がり、
今は運がなくてもいつかはチャンスがやってくる。

コソコソ生きていれば、
視野も狭くなり、
チャンスに出合うことすらできなくなってしまう。

もし私という人間の中に、
強さの秘訣らしきものがいくらかあるとしたら、
そのひとつは、
おそらく「借りないこと」である。


by. 桜井章一氏

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それはお金だけではない。

いわゆる恩とか義理とか、
有形無形のさまざまなものを人から借りれば借りるほど、
人間は弱くなっていく。

借りることの根底には「楽をしたい」という心理があるが、
それでは当然強くなることなどできないのだ。

借りが多い人というのは、
たとえ世話になった人と直接的に勝負することはなくても、
あちこちに借りを増やしているうちに、
負い目や依存心も増えていき、
自分を信じる力が失われていく。


by. 桜井章一氏

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つまり、弱くなっていくのだ。

もし私が「あ、今回は、この人に世話になったな」
と思うようなことがあったら、
感謝の心を深く胸に刻むと同時に、
その恩や義理を必ず返すことを心に決める。

「もし、この人が何か困ったときや俺の力を必要とするときがきたら、何をおいても尽くそう」

そう心に決め、そのときがきたら実践すればいいのである。
どうな形でもいいから返す。

それが大事なのだ。


by. 桜井章一氏

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■人は八割方悪である -竹書房- 感性を取り戻し大切にする方向を求めれば、相手に対する愛が生まれる 麻雀や他の勝負事でも、 不...

今、その強いものがなかなか見当たらない。
強い人間がどこにもいないのだ。

そこで、私は強いものを見るために自然の世界に出かけていく。

海に出かけ、
潮の満ち干や荒波を見ると
「これにはかなわないな。人間なんてひとたまりもない」
と感じることができる。

自然の中に入ると、
私は自分の弱さを実感する。


by. 桜井章一氏

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「ああ、自然には勝てない。
俺は弱い生き物なのだ」

そう謙虚な気持ちになれる。

柔術の型に木々や動物の動きを取りれている彼の姿を見たとき、
「この男は、自然に学ぶ心を知っている」と感じた。

何かひとつできればそれでいいという教育からは、
強い人間は育たない。


by. 桜井章一氏

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私は何よりも「循環」を大事にしているということはすでに書いたが、
その考え方を実践するためには
「まんべんなく」「偏らない」
という姿勢がなければいけない。

専門家とかプロというのは、
いわば偏っているということだ。

偏ったプロになるよ、
まんべんないアマチュアでいるほうが、
さまざまなことに対応できる。

人間社会が、
ものを作ってそれを蓄えるようになってから、
「専門家」が出てきた。


by. 桜井章一氏

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■雀鬼流。~桜井章一の極意と心得~ -三五館- 辛いこと、苦労から逃げないという日々の姿勢が、緊張に強い人間になる。高い山へ登りなさい ...

みんながそれぞれの専門分野に分かれて、
自分の専門のことしかできなくなっていった。

それで対処できなくなることが起きると、
その道の専門家に任せっきりにする。

そのうちに依存心が強くなって、
自分の仕事以外何もできない人間ばかり増えてしまった。

これからの時代、
専門的になろうとするよりも、
アマチュア感覚を取り戻し、
まんべんない人間であろうとする者が強くなれるのではないか。


by. 桜井章一氏

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人はひとりでは生きられない――。

この言葉ほど、
勝負の世界にふさわしいものはない。

なんと言っても、
勝負というのは相手があってはじめて成り立つものだ。

強いとか弱いという以前に、
相手がいなければ勝負もできない。


by. 桜井章一氏

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勝負をしたいとか勝ちたいとかいうのであれば、
勝負してくれる相手の存在がどんなに大切であるか、
それをまず改めて認識しなければいけない。

世の中というのは、
あらゆることが相互関係の中で成り立っているのだ。

麻雀の世界において、
もっともいい麻雀というのは、
4人の間に相互の信頼関係が生じているときだ。

自分ひとりだけがどんなにいい麻雀を打っても、
そこには何も生まれないのである。


by. 桜井章一氏

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