■「勝負強い人間」になる52ヶ条 -三笠書房-
調子がいいときにできたことを不調のときにもできるようになれば、その人の実力は上がっていく
便利や功利や効率には心がない。
生産性や利益を上げるためには役立っても、
人間が本来あるべき姿を教えてはくれない。
そもそも人間には、
進みたいという欲求と同時に、
いつかは自分の場所へ戻るという本能もある。
また、前に進むときでも「正しいほうに行きたい」
という本能的なものも持ち合わせているはずだ。
by. 桜井章一氏
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人間は太古から自然と共存して生き延びてきた。
自分という存在は大自然の一部であると自覚することによって、
自然の恵みを受けて生きてきた。
人間、
立ち戻る場所がないと迷いが増えて弱くなる。
その反対に立ち戻る場所があると強くなる。
by. 桜井章一氏
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迷ったときや軌道を修正したいとき、
あるいは自分をリフレッシュする必要を感じたとき、
立ち戻れる場所があるかどうかは非常に大切なことだ。
私の場合、それは自然の世界だ。
土に還ろう――。
動物も植物も、やがては土に還る。
還る場所がそこにあるから、
どこに行っても還る場所を見失わずにすむのだ。
by. 桜井章一氏
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土とは、人間が生きる根っこなのだ。
「古」というのは古いというよりは
「もともとの場所」という意味だ。
大きな勝負になればなるほど、現実には、
目の前で大きな金が動いている。
しかし、それに魂を飲まれてしまうと、
自分を見失い、
勝負に負けてしまう。
by. 桜井章一氏
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そういうとき、
自分の魂をまっすぐに勝負に向けるためには
「土を感じる」ことが大事なのだ。
私が勝負の世界で勝ち、
生き延びてこられたのは、
そのおかげだと思っている。
仮に同じ実力の2人が勝負した場合、
金に執着の強いほうが必ず負ける。
私は、
たとえ1億円の勝負でもお金と思ったことがない。
by. 桜井章一氏
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お金が動いているのではなく、
自分がそれまでやってきたことがどういう結果になって動くのか。
それしか関心はなかった。
私にとっての大一番とは、
金額の大小ではなく、
むしろ対戦相手によるものだった。
「こいつは手強いな」と感じる相手とやるときや、
信じられないほどツイている相手がいて、
なおかつ自分が不調で大きく引き離されているとき、
それをひっくり返していくまでの過程が何より楽しいのだ。
by. 桜井章一氏
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私は一度もスランプに陥ったことがない。
もちろん、私だって調子が悪いときはある。
人間、誰しも好不調はあるのだから、
それは当然のことだ。
ただ、私の場合、
自分が調子が悪いときほど勝負が楽しくなる。
「これはツキがないなあ」と感じたときほど、
なぜかパワーがあふれてくる。
by. 桜井章一氏
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勝負師とは、
そうでなければいけないのである。
結局、
博打打ちなどというのは、
いいときもあれば悪いときもある。
いいときのことだけを考えていては対応できない。
悪いときにはどうするかをいつでも考えておく必要がある。
by. 桜井章一氏
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どんなに調子がいいときでも、
どんなに勝っているときでも、
常に悪くなったときの用意をしておかなければならない。
つまり、勝負師は調子が悪くなるということを前提に勝負しなければいけないのだ。
「不調こそ、わが実力なり」
私はいつでもそう思っている。
悪いときのほうが自分の本当の力であり、
本当の姿だと思っている。
by. 桜井章一氏
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ところが、人はみな
「好調こそ、わが実力なり」と思っている。
スランプというのも、
実はその発想と同じところからきている。
好調時の自分のイメージだけを幻想のように抱き続けてそこから離れることができないから、調子が落ちると「スランプだ」と思ってしまう。
そうではなくて、
調子が落ちることを前提にしていれば、
素直に「これも実力」と思って、
気落ちすることもなく勝負に入っていけるのだ。
by. 桜井章一氏
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私は生来から、
「楽な道」と「険しい道」があったら、
険しい道を選んで歩くタイプである。
それで案の定、
とんでもない苦労をさせられることになるのだが、
それは最初からそうなるとわかって選んでいるのだから、
たいして苦労だとも思わない。
同じように麻雀でも、
順調にどんどん上がれるような展開なんて面白くもなんともない。
「ああ、今日は、かなり調子が悪いなあ」というときが、
実はいちばん楽しいのだ。
by. 桜井章一氏
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その苦しみは勝負に生きる人間として無上の喜びでもあるのだ。
より困難なことにチャレンジしてそれを達成したときは、
安易な成功よりもずっと達成感がある。
そして、より困難な道を達成するのは面白い。
また、困難な道を乗り越えるとその人の実力は増し、
大きな自信を得ることができるのである。
by. 桜井章一氏
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それと同じように、
調子がいいときにできたことを不調のときにもできるようになれば、
その人の実力は上がっていく。
不調というのは、
その人自身の大きな流れの中ではステップアップのために非常に大事なものなのである。
どんな人間にも弱点はある。
どんな勝負師にも弱点はある。
がんばってガマンしているうちは、
ガマンということにとらわれている。
by. 桜井章一氏
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それは本当のガマンではない。
ガマンしているという意識をしなくなってこそ、
本当のガマンが成り立つのだ。
「よし、ガマンするぞ」と力むと、
人間、余計に苦しくなる。
むしろ、脱力する、
力を抜くぐらいのほうがいい。
by. 桜井章一氏
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