運に恵まれた人たちに共通していることがあるとすれば、それは「感じる心」です。自分を含めた自然が持つ「生命のリズム」、日常における「正しいしぐさ」、「中庸(バランス)の感覚」の3つを磨いていくことです

■運命を変える 本物の言葉 -ゴマブックス-

運に恵まれた人たちに共通していることがあるとすれば、それは「感じる心」です。自分を含めた自然が持つ「生命のリズム」、日常における「正しいしぐさ」、「中庸(バランス)の感覚」の3つを磨いていくことです

人と違った道というのは、
すでに誰かが歩んだ道ではなく、
自ら切り開く道です。

多数派の人が歩く道が「見える道」だとすれば、
こちらは「見えない道」です。

そこに踏み込むには、
勇気がいります。

私は、子どものころから安定したものにあまり魅力を感じなかったこともあり、
麻雀の世界に進みました。


by. 桜井章一氏

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最初は「道」かどうかもわかりませんでした。

自分で納得いくまでは「道」
を実感することのないまま歩んできました。

「ここで失敗したら、痛い目に遭うな」
というような危ういことの連続する、
道なき道でした。

人は千差万別なので一概にはいえませんが、
若い人には、自分だけの
「見えない道」を選んで、
自分だけの何かを手にして欲しいと思います。


by. 桜井章一氏

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いまは、みんなが安定志向で
「見える道」を行きたがりますが、
みんながみんな同じ「見える道」
を歩もうとするからその道が荒れてしまうのです。

運に恵まれた人たちに共通していることがあるとすれば、
それは「感じる心」です。

ほとんどの情報が、
目で見て確認し、
既存の知識を総動員して自分なりに消化し、
頭のなかで再構築したものばかりです。

「百聞は一見にしかず」とはいいますが、
私は決して、
目で見たものすべてが正しいとは思いません。


by. 桜井章一氏

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つまり、まわりで起こっている変化を自らの肌で直接感じようとしないから、
運命が何も変わってこないのです。

変化の兆しや気配は、
いつもごく身近にあるのです。

詰め込んできた知識に頼ってばかりいるからです。

運は目に見えるものではありません。
だからこそ、感じなければダメなのです。


by. 桜井章一氏

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兆しや気配を感じて、
ものごとの流れの変化をつかみ、
その上でさらに自分が望む流れをつくっていければ、
運命は確実に変えることができるのです。

運がいいといわれる人は、
一見何もしていないように見えて、
実は運をもたらしてくれる材料を、
日常生活のなかからたくさん見つける感性を持っています。

さらにいえば、運に恵まれている人は、
むしろ運をあまり意識していません。

すべてのものは絶え間なく変化しています。


by. 桜井章一氏

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■雀鬼流。~桜井章一の極意と心得~ -三五館- 強さとは、「流れ」に沿っていく能力であり、敗れる者は自分の「欲」で負けるのです ...

それにリズムをあわせることができれば、
自然に運命は変わっていきます。

その変化を感じとり、
流れをつかめばいいだけのことです。

これが本来人間ならば誰もが持っていた
「自然の感性」というものです。

それを取り戻すには、
自分を含めた自然が持つ「生命のリズム」、
日常における「正しいしぐさ」、
「中庸(バランス)の感覚」
の3つを磨いていくことです。

この3つを磨けば、
都市文明の環境のもとでも
「自然の感性」は磨くことができます。

「自然の感性」はまさに、
人やものごとに対して、
それが自然か不自然なものかを瞬時にして見分けます。


by. 桜井章一氏

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不自然なものは本来、
違和感や不条理感をもたらします。

それが即座にわかるのです。

たとえば、私から見れば日本人は政治や経済といったものから見えないカタチでマイナスのおびただしい影響を受けていると思いますが、
当の本人たちはそのことに対してほとんど無自覚です。

ひたらすら運を目標にする人に運が訪れない理由も、
大きくはこの「自然の感性」
を持ちあわせていないからです。


by. 桜井章一氏

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運をつくる材料を自然の感覚で無心で見つけられる人であれば、
運のほうからその人を選んでくれるのです。

極端な話、
この世に生を受けたときから、
すでに死は背中あわせにあるものなのですから、
それを避けてもしかたありません。

たんに長生きするのではなく、
同じ死ぬのなら、
何か人様のお役に立てる生き方を少しでもして人生の証を遺したいものです。

老いを理由に周囲から知恵や力を期待されなくなるのは、
人として耐えられません。


by. 桜井章一氏

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ただ生きているだけでなく、
死ぬまで「プレイヤー」
であり続けたいのです。

こういうことは長年培って身につくものですから、
いきなり迫力を出せといっても無理な注文です。

昔の人には、
気骨というものがありました。

その気骨が言葉になって放出されたのです。


by. 桜井章一氏

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遊びのなかに、わざわざ、
「失敗したら死ぬぞ」
というハードルを設定して、
その緊張感を楽しんでいたような気がします。

その延長線上で、
現役で麻雀を打っていたころは、
「負けるくらいなら、死んだほうがマシだ!」
とまで考えていました。

いってみれば、
すべて命を賭けた真剣勝負だったのです。

これは、私にしてみれば、
死ぬ気で生きた証のようなものです。


by. 桜井章一氏

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「常に本気で生きろ!」
と自らに檄を飛ばしていたのです。

ただ単に生きるのではなく、
精一杯自分を活かしきりたいということです。

表面上は淡々としているけれど、
内にはいつもそんな激しさを秘めている、
そんな生き方をしている人が、
私は好きです。

便利すぎて、
かえって煩わしさが増えたというのが、
いまの文明社会に対する私の感想です。


by. 桜井章一氏

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個人的にいうと、
こういう(携帯電話)便利さは必要ないのです。

違和感を覚えるモノに無理に迎合するつもりはありません。

自然のままに生きるだけ、
それが私の生き様です。

便利さを求めた結果、
社会が複雑化してきました。


by. 桜井章一氏

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複雑になれば、面倒なことも増えます。
だから、人々は始終ピリピリしています。

クルマを運転しない理由は、
それが「凶器」になるからです。

人や自然を傷つける要素を持っています。

便利なものではありますが、
自ら進んで使う気にはなれません。


by. 桜井章一氏

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さらにいえば、
アスファルトで覆われた道路より、
自然と接しながら大地を直に感じられる場所を、
自分の足で歩くのがいちばんだと思っています。

文明の行きすぎた恩恵については違和感もあって、
「そんなものは、なくても間にあうよ」
というのが私の感想です。

携帯電話やパソコンがなくても間にあう、
クルマが運転できなくても、
未舗装の道でも間にあう、
そういう生き方のほうがいいと思うのです。

文明の利器は便利さをもたらした一方で、
人間関係を複雑にしてしまいました。

その意味では、かえって不便になったともいえます。

文明の利器がないことで不安を感じる人はたくさんいると思いますが、
できないことの喜び、
不足していることの喜び、
というものもあるのです。


by. 桜井章一氏

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