便利ゆえに不自由になっているんです。自分で律していることというのは、それぞれ自分の身についてくるんです

■雀鬼流の行動哲学 ~「狂」の時代を回避せよ~ -三五館-

便利ゆえに不自由になっているんです。自分で律していることというのは、それぞれ自分の身についてくるんです

いま、インターネットとかが流行ってますが、
私に言わせれば、あんなもの、
絶対に「病」の根源なんですよ。

なぜなら私には、
これ以上の進歩はいらないんじゃないですか、
今以上に便利になる必要はないんじゃないですか、
という思いがあるんです。

進歩を追いかけたから、
破滅や病理がそれにくっついてきてるんです。

便利ゆえに不自由になっているんです。
便利を追求するとお金がかかるんです。


by. 桜井章一氏

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ですが、勉強をしすぎた人間たちがインターネットやパソコンなどを作っているわけです。

それでは、学問のない人とある人との間に隔たりを作るだけですし、
豊かな国と貧しい国との間にどんどん隔たりを作るだけなんです。

それに食いつける人間だけが追っかけて行くだけで、
まさに文明社会の落とし子なんです。

いまさら私が言わなくても分かり切っていることですが、
文明が自然界を侵すことで、
地球の生態系のバランスが崩れてきているわけです。


by. 桜井章一氏

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情報も、あまりに飛び交えば、
狂うに決まっているんです。

知識も情報も、
ほどほどならいいんです。

毎日コンピュータをやっている人というのは、
私が見ればすぐにそれと分かりますよ。

なんらかの影響を受け、
精神的に病気になってきています。


by. 桜井章一氏

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冬は、そこで寝ようと決めたんですよ。
その理由は、己を律するということです。

いくつも部屋がある中で、
いちばん不自由な部屋を探したんです。

ましてや、一番寒くて雪が降る時期だからこそ、
一番寒くて、
一番狭い所で寝ようと決めたわけです。

つまり一番寒い時間に、
そこにいるんです。


by. 桜井章一氏

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人から言われてやる我慢というのは、
よくない。

自分で律していることというのは、
それぞれ自分の身についてくるんです。

自分を律するということが辛いうちは、
まだ律してることにならないんです。

辛いことだって、
後で考えると、
ああ楽しかったなあと思えることがあるように、
律するということには、
人ができないことをできた喜びというのもあるものです。


by. 桜井章一氏

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■マイナー力 ~「負け」が「勝ち」になる生き方~ -竹書房- ありのままに生きるということは「自分を捨てないこと」、そして「自分を売らない...

誰かにほめてもらうとかではなく、
自分が喜べるんです。

私は運転免許を持ってないのですが、
というのも、万が一車を運転してて事故起こして、
自分が死ぬぶんにはいいけれど、
子どもとかを大怪我させるか死なせるようなことにでもなったら、
そこで「切腹」するしかない。

それしか、けつの取りようがないと思っているからなんです。

私は「けつを取る」
という観念で生きているんです。


by. 桜井章一氏

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その代わり、
私の子たちがまだ小さい頃のことですが、
子どもがトラックにひかれたなどということになったら、
私は絶対どこかから機関銃を持ってきて、
そのトラック運転手を撃ち殺そうと決めてたんです。

将来、私は、
川っぷちかなんかで、
裏に畑があって、
ボロボロのヒラ家に引っ越すからね。

「日常生活の一時間をいい加減に過ごすということは、一時間分、いい加減な人間になるための修業をしたことになる」


by. 桜井章一氏

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陽明学や禅では
「二見を立てず」と教えている。

つまり、「対立的な二つのものに分けて考えるな」
と言うのである。

中江藤樹は
「内外・生死・幽明(冥土と現世)・有無の差別はない。
内外・生死・幽明・有無の二つの対立に分ける見解を立てるのは、迷いである」
と述べている。

「そんな練習の仕方では、練習の意味がない。
本番さながらの真剣さでやってこそ練習に成果があり、本番に生かすことができるのだ」


by. 桜井章一氏

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■ツキの正体 ~運を引き寄せる技術~ -幻冬舎- 苦労して克服しようとするから面倒くさくなるのです。遊んでしまいましょう。目の前の課題を...

東条方秀
「順境に喜び逆境に悲しむような人というのは、外の事柄だけを追いかけ苦慮していて、内なる良知を忘れているのです。
聖学(藤樹学)は、心を養う学問である以上、具体的な生活に即して心を養うことが大切なのです。
順境、逆境によって、あるいは景気、不景気によって心が千々に乱れるということは、聖学の本来的な在り方を忘れている証拠なのです。
順境に喜び、逆境に悔む、あるいは一つの事柄を実行して善い結果が得られたら喜び、悪い結果が生まれたら悔む、というのが外を追うことなのです。
大事なことは、今を喜ぶことなのです。
善くても喜び、悪くても喜ぶ、というのが聖学の心を養う学なのです。
……(中略)……と王陽明が言っていますが、知と行が内と外という二つの事柄ではなく、一つの体験の二面なのだ、ということを述べているのです」

東条方秀
「照るにつけ曇るにつけ、心の本体に目をやることが大切なことです。
気分快適であるからと有頂天になったり、不快であるから修養ができていない、と陰気になることは必要ないでしょう」


by. 桜井章一氏

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■超絶感性 -竹書房-

彼(「超絶」くん)こそは、
雀鬼のたった一冊の血統書付きの書籍であると、
親として認知している所存に、
嘘偽りはございません。

麻雀というのは、
勝負であり闘いである。

闘いである以上、
楽なことより、
苦しきことの方が多分に含まれる。

ならば痛さや危険は、
避けて通れない。


by. 桜井章一氏

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それなのに勝負の本質を忘れて、
危険を察することだけを読みに入れて、
さっと逃げ回る。

「馬鹿タレ!
麻雀というのは、振り込みのゲームだ」

(優孝)
「アリャ振り込みですか?」

「そうだよ、振り込み。
いいかい優孝よ、麻雀は振り込んではいけないと思えば、勝負に弱気になる。
弱気になれば、迷いが走る。
みんな当たり牌に見えたら負けだよ」


by. 桜井章一氏

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■雀鬼流。~桜井章一の極意と心得~ -三五館- 緊張感や、心の揺れや、欲をなくそうとするのではなく、それらを楽しめる、それらに負けない人間...

「だろう。
誰だって経験したことがあるように、何を切っても当たらない状態と、どんなにきちんと正着を打ち、用心深く打ったって、当たり牌が寄ってくる時があるハズだ。
どっちがいいかは、わかるよなァ」

「麻雀をやる以上、必ず相手三人からリーチというトラブルや、ドラを鳴かれたとかいう危険状態が起きるよな。
そして、どんなに慎重に打ったって放銃は避けられないこともあるよな。
まあ楽な部分は二割五分ってとこで、後は苦しいことや、危ないことが一杯なのが麻雀だよな。
だからこそ必然的に起きるトラブル、放銃に強くならなくちゃいけない。
そして振り込んでも、あまりこたえない雀風を身につけ、立ち直って、また勝負に行くんだ」

「和了って良い形と和了って悪い形もあるし、振り込みにも振って悪い振りと良い振りもある。
もっと修業しようぜ」

勝って反省、
負ければ情けないの一言である。


by. 桜井章一氏

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始まったら終わりの挨拶まで一言も口を開けない。

ある者は時計を見ただけで叱られた。

四人共、対極後は我に返るのにしばしの時間が必要となるほどである。

誰にもあるように、
麻雀はその日に授かった天運と地力運との闘いなのである。


by. 桜井章一氏

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我に天運ありとわかれば、
もっと先へ進むべきであったのだ。

リーチをかけた3200点より、
先を求めた結果、
仕方なく和了ったトイトイのみの2600点の方が工夫が見られ、
地力がつく。

私は普段、雀鬼会を見るにあたって、
1回戦の2~3局も見れば、
その日の闘いぶりが全てわかり、
経過も結果も、
先にレポートに書いてしまう。

それが長年の経験で、間違うことがない。
レースの先を越して見えるのである。


by. 桜井章一氏

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