心を曲げると、心は骨折する。それは、心を売って金を得ているということです。だから、できるだけ自分の心を偽らない生き方をしていくべきなのです

■八割できなくても幸せになれる ~いまを無邪気に生きる術~ -竹書房-

心を曲げると、心は骨折する。それは、心を売って金を得ているということです。だから、できるだけ自分の心を偽らない生き方をしていくべきなのです

心を曲げると、
心は骨折する。

大人というのは、
社会に出て、
知らず知らずのうちに汚いことをしたり、
ごまかしたり、
ズルいことをしたりして生きています。

それは生きていく手段として、
仕方のないことだとされているわけです。

でも、多かれ少なかれ自分の心を曲げているわけですから、
それを続けていたら、
心も体もおかしくなるに決まっています。


by. 桜井章一氏

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心を偽ってるし、
曲げてるし、
折ってるんですから、
調子が良くなるはずがありません。

それは、心を売って金を得ているということです。

それなのに心を折ったり、
曲げたりすることの痛みを感じている人は、
意外に少ないのです。

目に見えないだけで、
心も体と同じように折られています。


by. 桜井章一氏

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だけど、折られている以上、
心の傷はしっかりと残っています。

その心の痛みが、
恨み、辛み、悔しさなどの被害者意識を生んでいるのです。

心の痛みを自覚するためには、
自分の中に「もう一人の自分」
を置いておけばいい。

小さい頃の純真な自分を心に置いたなら、
今度はその子の心を折ることはしないように心掛けるのです。


by. 桜井章一氏

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だから、できるだけ自分の心を偽らない生き方をしていくべきなのです。

「人が見ていなければ、
ちょっとくらいズルいことをしてもいい」

という気持ちが誰にでもあるからです。

でも、自分の中の子どもがいつも見ていると思えば、
なるべくズルいことをしないように意識できます。

でも、一番良いのは、

「いつも心の中に入れておく」

ことです。


by. 桜井章一氏

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心の中に入っていたら、
もう離れようがないですからね。

自分自身に聞くよりも、
心にいる子どもたちに聞くよう心掛けます。

でも、お天道様が毎日は照らないように、
心にも曇りの日があります。

心を曲げたり、
何か自分の言動に罪悪感を感じたりする時は、
やっぱり心が曇っていて、
心の中の子どもが見えない時です。


by. 桜井章一氏

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雀鬼・桜井章一氏が語る「捨て牌の哲学」。自分がいらないと思ったものこそ大切であり、そこにものの本質が隠れている。麻雀における「捨て牌」は自分が通ってきた道であり、自身の状況を見つめる鏡。感情の揺れはあっても、その方向をコントロールし、心の中心(真ん中)に戻すことで「揺れない心」を養う。

だから、できる限り心の中を太陽で照らして、
もう一人の自分に恥じない生き方をすることが大切なのです。

八つ当たりは一度に八人もの人を犠牲にしたり、
一人に八人分もの嫌な思いを与えたりする悪行です。

自分が気分良く過ごしていれば、
相手や周りの人たちを気分良くさせてあげることもできます。

つまらない人と時間を共にしたり、
つまらない毎日を送ったりしたくはないですよね。


by. 桜井章一氏

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だから、まず自分の心の中の嫌な感情を捨てるようにして、
明るく楽しいことを探します。

自分自身が少しでも気分良く生き、
その気分の良さを誰かと共有するのです。

朝起きて、
仕事場や学校に向かうまでのいつもの道のりでも、
そういう良いことに心が向けば、
気分良く日々を送れるものなのです。

でも、私は決断はしません。
決心をするのです。


by. 桜井章一氏

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「断つ」のではなく、
「心」を入れて選びます。

同じ何かを決めるのでも、
状況に流されて仕方なく決める
「決断」と違い、
「決心」には「心」が入っています。

一見これは同じようですが、
「心」が入っていると、
そこには強さが生まれてくるものなのです。

あやふやな理由で
「決断して選ぶ人」は、
物事を結果論で判断してしまいますが、
「決心して選ぶ人」は、
結果ではなく経過や内容に重きを置くので、
結果に囚われない実のある人生を送れるのです。


by. 桜井章一氏

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世間の常識や善いとされる価値観を疑うことから全てが始まる。雀鬼・桜井章一氏が、人生における「楽」の危うさと、麻雀における「ドラは恋人」の真意を解説。天運ではなく地運を育む打ち筋とは?ドラに振り回されず、逆境をチャンスに変える柔軟な思考を学ぶ。

「決断して選ぶ人」は、
先に結果を考えているから、
経過や内容がいい加減になってしまいます。

でも、経過を大切にしていると、
物事の流れやこの先に起こることすらも見えてきたりするものなのです。

何かを選ぶ時には、
ちゃんと「心」を入れて選びたいものです。

結果がどうであろうと、
後悔をしないためにも。


by. 桜井章一氏

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でも「考える」という枠の中で考えていても、
悩みは決して消えません。

この質問は、

「考えることで、考えないようにできませんか?」

と言っているのと同じです。

だから、その考え方の根っこを改良しない限り、
悩みは消えません。

もう、自分の体質そのものが
「考える体質」になっているから、
悩みもつきものになっているのです。


by. 桜井章一氏

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でも、文明が発達してくると当然、
情報も含めて社会が複雑化していくので、
複雑に考えなければならないことが増えてきて、
人は悩むようになったわけです。

現代社会のシステムは、
人を考えるように仕向けています。

考えることが、
数ある悩みや病気を生むのなら、
社会の流れとは逆に生きれば良いのです。

そのためには、
考え方だけではなく、
生き方そのものをシンプルにしていくしか方法はありません。


by. 桜井章一氏

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雀鬼・桜井章一氏が「きれいごとで飯は食えない」という常識に挑む。「だったらきれいごとでいいんだと証明しよう」。本当に伝わる教えは言葉でなく、体の深いところで感じていくもの。親が子どもを叱るべき真の理由、そして汚い真似をしない「きれいな勝負」の哲学を説く。

見ているようで見ていない人、
考えているようで何も考えられずボーッとしている人もいれば、

「考えていて考えてない」
「見ていて見てない」
「在って無い」

という、何物にも囚われない感覚もあるのです。

シンプルの基本は自然の中にあります。

大自然の生命の循環の中にこそ、
シンプルな生き方が存在しているのです。


by. 桜井章一氏

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そして、シンプルに生きることは、
生命力の強さにもつながっていきます。

自然から離れた都会では、
生命力というものをとても失いやすいのです。

表明上は生きているように見えるけど、
「死に体」。

感じないということは、
失っているということなのです。


by. 桜井章一氏

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生きているのに死んでいるような日常を送っているから、
生命の尊さを忘れてしまうのです。

文明が進歩することで、
人間がモテる力の半分、
もっと言えば十分の一の力で生きているような機械化された社会になったから、
人はみなロボット化し、
「人間味」というものが失われてしまった。

生きとし生けるものすべてに、
「味」というものが必要なのです。

みなさん、「味」を大切にして、
「味のある人間」を目指しましょうね。


by. 桜井章一氏

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