■マイナー力 ~「負け」が「勝ち」になる生き方~ -竹書房-
何かに強く深く染まるということは、バランスを崩すことにもつながるからです。「無敵」という言葉があるけど、俺は「無敵 = 敵は味方である」という考え方だと思っている
専門家になることは、
世間から見て、
もしくは本人でさえも立派なことだと思っている人は多いでしょう。
しかし、私は嫌なのです。
いわゆる「業界」の中にどっぷり首まで浸かって、
その世界に染まるようなことはしたくない。
何かに強く深く染まるということは、
バランスを崩すことにもつながるからです。
by. 桜井章一氏
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昔、お会いしたことのある京都大学名誉教授の森毅さんは、
そんな専門家とは一線を画す人でした。
確率の話をしていたときに「確率なんて当てにならない」と言い切られていた。
その世界に身を置きながら専門家にならないということは、
その道でとことん突き進みながら、
その上で自分の専門性を疑うということが必要ですし、
専門業界からの反発もある。
専門性を否定するところに、
マイナーの強さが現れてくるのです。
by. 桜井章一氏
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会長は、
「有名人だから良い」「強いから良い」
とは絶対に言わない。
むしろ、その真逆なんですよね。
「自分より弱い人から何かを学ぶ」とか、
「自分より小さい子から勉強する」
ということをよく仰っています。
勝つことよりも、
いい試合ができるという意味で、
「気持ちがいい」と感じる感覚を持つようになりました。
by. 平野早矢香氏
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それが余裕というもんだよね。
もちろん勝負事だから勝ち負けっていうのが大事ではあるんだけど、
早矢香ちゃんは「ただ勝てばいい」じゃなくて、
もっと他に大事な何かがあるってことに気づいていた。
まぁ試合に限らず、
「生きる」ということも一緒だけど、
結局は「闘争」だからね。
でも闘争だからって、
相手を「敵」だと思ったらいけない。
by. 桜井章一氏
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「無敵」という言葉があるけど、
俺は「無敵 = 敵は味方である」という考え方だと思っている。
敵を敵だと思ったら、
もう「無敵」にはなれないんですよ。
だから、早矢香ちゃんが試合相手のナイスボールを「気持ちいい」と思えば、
もう相手は敵じゃないわけだ。
それを喜べる瞬間があれば一番だと思います。
by. 桜井章一氏
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たしかに、一緒になって試合をつくるという感覚が持てれば最高だと思います。
「勝ったらなんでもいい」とか「強ければなんでもいい」というのは、
どうしても違う気がして。
by. 平野早矢香氏
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喜びって勝負事の中で見つけることは少ないと思うよ。
ほとんどの人は、やっぱり悲しみだろうな。
勝負に徹すれば非情になるし、
いかに非情になれるかってことなんだろうけど、
それを「人としてどうなのか」と考えたときに悲しみが起きる。
でも、やっぱり人間は非情になってはいけないんだ。
人間付き合いっていうのは、
「情」であって「非・情」ではいけないわけだからね。
by. 桜井章一氏
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非情で勝って出世しても、
いつか非情に足をすくわれる。
だから、気持ちの良い勝負をやってみんなが良くなるのが一番なんだ。
いかにいい心といい動きでやっていけるかが評価されるシステムにしている。
スポーツでも、
ズルさがなくて動作も美しいという、
その二つをもって評価ができれば一番いいと思うんだけど、
そうは問屋が卸さないもんな。
by. 桜井章一氏
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だから、早矢香ちゃんが将来もしも指導者になったときには、
強さだけではなくて、
その子がどういう気持ちでボールを打っているか、
あるいはきれいな心で試合を行っているかということが見られるようになったら素晴らしいと思う。
そのときこそ本当の意味で、
「卓球をやってきて良かったな」と思えるはずだよ。
勝ってきた歴史だけをもって「やってきて良かった」にはならない。
世間一般の勝負事に対する価値基準が「勝ち」であることを逆手に取って、
まず勝つことで強さを得て、
勝ちを連続させていくことが必要だと思う。
by. 桜井章一氏
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そうすると、
いろんなものを掴み取っていける。
そしてその掴んだものから得た学びに、
多くの人が耳を傾けてくれるようになる。
「強かった」といっても、
どういう勝ち方をしたかは問われないわけだ。
俺が二十年間勝ってきたのは、
麻雀に愛されたからだよ。
by. 桜井章一氏
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俺より麻雀を好きなやつはいっぱいいたけど、
麻雀の牌から一番好かれたのは、
たぶん俺だ。
by. 桜井章一氏
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「これぐらい練習をやったんだから、これぐらい成果として返ってきてほしい」という思いは勝手だな、
一方通行な思いだなと思うようになりました。
前にそれを会長に言ったら、
「それじゃ、ストーカーだよ」って言われて(笑)。
勝手な愛ですよね。
そうじゃなくて、
卓球からも愛してもらえるようになりたい。
by. 平野早矢香氏
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感覚っていうのは、
技術では絶対に手に入らないものです。
やっているうちに、
フッと「これかな?」と分かるようなものだから。
だから、雲とか、
あるいは空気みたいなもんなんだな。
空気は必要だと分かっているけど、
われわれは普段意識なんてしてない。
by. 桜井章一氏
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でも、フッと空気を意識するときがあるでしょう。
そのとき、空気に触ったような感じがするわけ。
感覚っていうのはそんなもんだ。
だから、「感覚を掴む」なんていうのは嘘なんだよ。
せいぜい「感覚に触れる」という機会が多くなるだけのことです。
by. 桜井章一氏
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