勝った負けたではなく、人間がどう変わっていくかが肝心なのだ。自分自身がしっかり生きるということが生き甲斐そのものではないのか。意味を求めて仕事をやり、人づきあいをしていればいいのだ

■雀鬼流 無敵の勝負論 -青春出版社-

勝った負けたではなく、人間がどう変わっていくかが肝心なのだ。自分自身がしっかり生きるということが生き甲斐そのものではないのか。意味を求めて仕事をやり、人づきあいをしていればいいのだ

勝負をするということには使命がともなうものだ。
勝負だけでなく人生そのものがそうなのかもしれない。

本来あるべき使命感を歪めているのは、
分捕りの発想だ。

金のために働く人間に使命感は芽生えない。

新聞記者や教師や警官のうち、
納得感・責任感・使命感をきちんと持った人は、
残念ながら決して多くはないはずだ。


by. 桜井章一氏

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しかしながらこの三つを持っていることが、
人としての魂を持って生きるということではないだろうか。

世の中の多くの人はその魂を売って、
金に換えて生きているのだから、
本当の意味で生きた人間が少ないという事態になってしまっているのである。

私が麻雀だけの人間だったとしたら、
そんなことにはなっていないはずだ。

私はこの本で勝負について語っているわけだが、
勝負を深く追求すれば人間改革にまでたどり着くのである。


by. 桜井章一氏

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勝った負けたではなく、
人間がどう変わっていくかが肝心なのだ。

勝負の中に意味を見出して鍛錬することが勝者への道であるということだ。

自分のためだけに勝ちを求める人は、
人を幸せにすることはできないし自分も幸せにはなれない。

それ(意味のある人生を歩みたい)が本質なのに、
いわゆる競争の論理で勝つことにしか目が向かない人間が多数派だというところに、
今の世の中のひずみが現れている。


by. 桜井章一氏

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自分自身がしっかり生きるということが生き甲斐そのものではないのか。

麻雀を打つ中に意味を見出す。
若い者とのつきあいの中に意味を見出す。

それが生き甲斐でなくてなんだろう。

意味を求めて仕事をやり、
人づきあいをしていればいいのだ。


by. 桜井章一氏

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そして感性を磨くには、
戻る感覚を忘れないことである。

先に進もうではなく戻ってみようということだ。

愛や思いやりは、
戻ったところにあるものだ。

戻るという感覚があふれる場所が本来の家庭である。


by. 桜井章一氏

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■勝負の格言 -宝島SUGOI文庫- 人も体構えが出来ている時は、思考が消え去り、 心と体が一つのものになっています。 もともと...

戻りたくなければそこは家庭ではない。

今の人間が悩み苦しみ方向性を失ってしまったのは、
情報だ進歩だとあまりにも先に行き過ぎて、
戻る道がわからなくなってしまったからである。

進みすぎた大人は、
自分が子どもの頃の気持ちに戻ってみればいい。

童心を取り戻すのである。


by. 桜井章一氏

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甘っちょろい幼稚性とは異なり、
童心は天下無敵である。

童心を持つ感性豊かな人間は戻ることができる。

感じるとは先へ進むものではない。

先に進むために必要なのは感性ではなく思考なのである。


by. 桜井章一氏

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感性とは戻るものであり、
そこに自分の姿がある。

特に後半になってくるとただアガればいいわけではなk,
浮いている者を楽に走らせるために、
沈んでいる者には義打と仕事が求められる。

自分を捨てても他と協調して厳しい勝負の場を作るための工夫を重ねているのである。

本当にいい勝負というのは、
戦った人間がみんなでいいものを作り上げたという喜びを感じられるものである。


by. 桜井章一氏

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■運を支配する -幻冬舎新書- 人の生の感情というのは、 理性で都合よくコントロールできるものではない。 そこを無理にやろうとすると...

アガれるチャンスは4分の1。
ピンチになる率は4倍のゲームだ。

それだけピンチが大きなゲームだという覚悟を持つことが第一に必要だ。

さらに配牌があって、
これが大変なハンデとなる。

だから麻雀は最初から差異がはっきりしたゲームなのである。


by. 桜井章一氏

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刻々と変わる状況の中で、
一歩でも前に進むのが麻雀というゲームの本質である。

そして本物の麻雀は、
強い敗者を生み出すことのできるゲームである。

そうではなく、
負けた者の頑張りが感じられ、
味わいと感動があり、
そこに強さが感じられる勝負がなされてこそベストなのだ。

勝負には本来守りというものはない。


by. 桜井章一氏

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守ろう守ろうとしていると、
隠そうとか誤魔化そうとか逃げようという気持ちが広がっていくものだ。

受けというのは攻撃と表裏一体のもので、
攻撃の子どものような存在なのだ。

計算通りに行かないのが世の中だ。

論理に頼りすぎる者、
計算で何でも割り切れると妄信する者は、
ものごとに潜む意味を見落としがちだ。


by. 桜井章一氏

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■運を支配する -幻冬舎新書- 欲が強すぎると、 往々にして人は欲そのものに囚われてしまう。 欲に囚われた状態が続けば、強い力みが生...

流れを感じる者は先が見えるようになる。
先が見えれば安心だろう。

安心した気持ちで勝負に臨めば、
強いのは当たり前である。

流れとはスムーズなものである。

川も風も雲も、
スムーズに流れるのが本来の姿なのだ。


by. 桜井章一氏

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人生は思い通りにいかないことの方がずっと多いものだが、
流れを感じている時は気持ちのいいものだし、
勝負に流れが生まれれば勝利もその先に待っている。

流れに乗るのは自分の力だけでは間に合わない。

生き物は流れに乗ることでとんでもなく高い所へ、
遠い所へと行くことができるのだ。

逆にいえば、
流れに乗り切ることができない時には、
大きな力を発揮することは難しいものだ。


by. 桜井章一氏

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そんな社会の勝者の勝ち方は嘘っぱちもいいところだというのが私の実感である。

もっと正確に言えば、
犠牲者を作って踏み台にすることで一人勝ちしているのが今の世の中の勝者なのだ。

そんなものが本当の勝利として讃えられる社会は狂っていると思う。

勝ちすぎることの贅沢さやむなしさを知っているからこそ感じられることなのだ。


by. 桜井章一氏

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