古い感覚の世界は、実は現代社会よりも便利な世界である。なぜならば、無駄な力がいっさいいらないからだ

■この世の掟をぶち破れ! -李白社-

古い感覚の世界は、実は現代社会よりも便利な世界である。なぜならば、無駄な力がいっさいいらないからだ

道場生でも、
いいところだけを見せよう、
私に気に入られるように見せようというやつは結局、
悪さを隠している。

だから「地」を出し合ったら、
だんだんその悪さをお互いに認めるようになってくる。

それは見た目とか能力とかではなく、
その人自身の素を見るようになるからだ。

自分の「地」というのは、
やはり自分にしかない。


by. 桜井章一氏

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「おまえはおまえの地で俺にはない」
「おまえはおまえの地でいい」と。

そうすると、それは自分にはないものだから興味が出てくる。

面白いなという部分があったり、
あるいは学ぶ部分が見えてくるものなのだ。

何度も言うが、能力があるないではない。


by. 桜井章一氏

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できるかできないかでもない。

できないやつからも学ぶことはたくさんあるのだ。

私は「お前、なんでできないの?」というところから学ぶことが多い。

逆にできるやつから学ぶことは少ない。


by. 桜井章一氏

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自分もその子と一緒になってできないことをやってみる。

すると何ができなくて、
何ができるのかを自分も理解することができるため、
本来自分のできない部分をも認めることができるのだ。

もしあなたが自分のできない部分を隠そうとするのならば、
つまり、「地」を隠そうとするのならば、
多くの人はそれをわかっているはずだ。

「地」を隠す怖さを捨てない限り、
本当の意味でお互い認め合える関係は築けない。


by. 桜井章一氏

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誰しも「地」の部分を持っている。

にもかかわらず、
多くの人が環境や教育で違う色に染められてしまっている。

それゆえに、自分の「地」が出せないという人は多い。

私の道場生の中にも、
「こいつ、すでに四歳の時に染められたな」とか
「おそらくこういうふうに染められたな」と、
観察しているとわかってしまう。


by. 桜井章一氏

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■そんなこと、気にするな 20年間無敗・伝説の雀鬼の「惑わされない生き方」 -廣済堂- 人間はどうだ。 同じ生き物でも、...

本当はこいつの「地」の色はもともと茶色なのに、
何で緑色の姿をしているのだろうかと、
その違和感に気づく。

本当はその緑色がものすごく彼にとって苦悩なのにもかかわらず。

だから、その人の緑色の部分を取り除いてあげると、
本来の「地」であった茶色の部分が出てくる。

自分の「地」が出てくるのだから、
本人はすごく納得して喜びを感じてくる。


by. 桜井章一氏

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しかし、染められてしまった緑色の部分をこちらが知ってあげることが難しい。

それに気づいてあげるためには日々観察しかないからだ。

なにせ、一人ひとり染められた色が違うのだから。

自分が違う色に染められてしまったことすら自分では気づいていないからである。


by. 桜井章一氏

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だから、自分の「地」をさらけ出せない怖さを捨てることでしか本来の色は出てこない。

それもさらけ出した瞬間に色が変わるわけではない。

さらけ出していく過程で染められていった色が徐々に剥げ落ち、
自分の色を取り戻すのである。


by. 桜井章一氏

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人は長く生きていれば生きているほど、
さまざまな不安や恐怖が増えてくる。

それは知識や情報が蓄積された結果だといってもいい。

そうした不安や恐怖を克服していくために、
人はそれを乗り越えようとさらなる努力をする。

私は古い感覚を失ってしまうほうがもっと恐いことをわかっているから、
意識的にそちらの世界へは行かないようにしている。


by. 桜井章一氏

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古い感覚の世界は、
実は現代社会よりも便利な世界である。

なぜならば、無駄な力がいっさいいらないからだ。

実際に、ほかの人が何十年もかけて身につけた技術を、
私は一瞬でできてしまうことがある。

彼らが努力して体得した技術を、
私は何の努力もなしにできてしまうのだ。


by. 桜井章一氏

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だから、努力なんていらないと思っているのだ。

私は普段から遊び心を大事にしているのは、
不安や恐怖は努力で克服するものではないと思っているからである。

しかし、遊びといっても子どもの頃は、
それは真剣なものだった。

遊びというのはお金で買えるものではない。


by. 桜井章一氏

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遊びたかったら自分の力で遊びを覚えていくしかない。

人と組み合っても押されるということがない。

投げられることもない、
どんな大きいやつでも、
私のことを押し倒せるやつはいなかった。

その頃から、メンコでも勝つにしても、
それを守るにしても真剣そのものだったから、
どんなことにも負けない体の軸というものがわかっていたのだ。


by. 桜井章一氏

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とにかく、遊びとは真剣勝負だったのである。
そうはいえ、私も恐怖心がないわけではない。

しかし、そういう時は逆に、
「この野郎、汚ねえなあ」という気持ちになって、
ますます力が湧いてくる。

恐怖心がないわけではないが、
その恐怖心をかつての遊びで真剣だったように、
さっと変換させることができる。

多くの人が恐怖心を克服できないが、
もともと恐怖心を克服しなければならないという考え方じたいが違っている。


by. 桜井章一氏

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恐怖心は努力でどうにかなるものではないのだ。

一の恐怖がきたら、
自分でわざわざ一〇にすることはない。

一は一でいい。

それは「恐怖心の膨らみ」という思い込みの一種で、
自分で恐怖心を大きくしてしまっているにすぎない。

そうではなく、
一は一で受けるのだ。

いいかえれば、
等身大のごとく受けるのである。


by. 桜井章一氏

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