物事を「善し悪し」だけで判断するのはとても危険です。この社会は一人称ではなく、二人称から成り立っています。「あなたがいて、私がいる」という世界です

■「頑張らない」から上手くいく -講談社-

物事を「善し悪し」だけで判断するのはとても危険です。この社会は一人称ではなく、二人称から成り立っています。「あなたがいて、私がいる」という世界です

反抗期で一番の問題となるのは子どもと大人の対立です。

対立の原因はお互いが抱える「願い」にあります。

それぞれの願いが一致すればいいのですが、
親と子それぞれの願いというのはすれ違い、
食い違いの連続です。

そんなお互いの願いがぶつかり合うことで対立が起きるのです。


by. 桜井章一氏

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「願い」というプラスをお互いに抱え、
それでぶつかり合っているわけです。

それでは電気は通わず、
火花が散るだけです。

どちらか一方が「願い」というプラス極ならば、
もう一方は「受け入れる」
というマイナス極の役割となるのです。

受け入れ方は、
まず最初に大人たちが子どもたちに対して示してあげるべきでしょう。


by. 桜井章一氏

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そういったことを続けていけば、
子どもは肌で受け入れ方を学んでいきます。

ただ、そういう時(受け入れがたいもの)もけんもほろろにダメというのではなく、
なぜダメなのか、
それをしっかりと説明してあげることが大切です。

子どもが「これは多分、願っても無理だろうな」
と思っている時、
大人がそれを受け入れてやると、
子どもの中にそれはいい思い出、
経験として残っていくことがあります。

そういうことを大人と子どもの間で続けていくことで、
子どもたちの中にも「受け入れ方」が育まれていくのです。


by. 桜井章一氏

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受け入れることが大切だからといって受け入れることだけ続けていても、
その関係がうまく通い合うことはないでしょう。

うまくプラスとマイナスの関係になったとしても、
対立がなくなることはないかもしれません。

しかし、そういったことを大人と子どもの中で続けていけば、
対立の数は減り、
その規模も小さくなっていくはずです。

悪い友達と付き合っていたとしても、
それが強引に誘われて付き合っているならともかく、
自分から進んで付き合っている場合には、
親は闇雲にその付き合いを止めさせるべきではないと私は考えます。


by. 桜井章一氏

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自分から進んで悪い仲間の中へ入っているなら、
それは子どもが背伸びをしたい時期に入ったと解釈するべきです。

ひと言で「悪い」といっても、
その子たちが本当に悪いかどうかは仲間の輪に入って確かめてみなければ分かりません。

物事を「善し悪し」だけで判断するのはとても危険です。

私も道場生たちに常々「よく見えるものほど気をつけなさい」
と言っています。


by. 桜井章一氏

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現代社会で「善」とされるものの中には、
悪を隠し持っているものがたくさんあるのです。

この社会は一人称ではなく、
二人称から成り立っています。

「あなたがいて、私がいる」
という世界です。

しかし、親の言うことを聞かなくなった子どもというのは、
「自分だけの一人称の世界」
に入ってしまっています。


by. 桜井章一氏

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人はひとりでは生きられません。
相手がいて自分がいる。

そういう相互間を持つことはとても重要です。

そうやって相互感を持つことで、
孤独な一人称の世界から抜け出すことができます。

大人たちの言ういい子は世の中の「善悪」
単純に照らし合わせたものでしかありません。


by. 桜井章一氏

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そして世の中にまかり通っている善悪ほど当てにならないものはないのです。

もしかしたら、
その子が悪く見えるのは、
その裏で悲劇的な人生を歩んでいるからかもしれない。

貧しさの中から生まれた狡賢さ、
悪さ、そして悲しみ。

そういう深い部分を見もせずに、
世の中の常識にならって「あの子は悪い」
と決めつけるのは大人の勝手でしかありません。


by. 桜井章一氏

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その説明できない部分を親が感じ取ってやり、
子どもを見守り続けてやる。

それが子どもの成長にとって一番の方法なのです。

(なんで学校に行きたくないのか)
理由を聞かなければ先には進めませんから、
時間がかかってもいいのでじっくりと理由を聞いてやる必要があります。

縺れた糸をほぐすように、
不登校の原因となった問題に取り組んでいく。


by. 桜井章一氏

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その際に一番重要なのは親子の信頼関係です。
これがなければ何も解決できないのです。

会社に対する不登校、
あるいは恋愛に対する不登校、
結婚に対する不登校、
いろんな不登校が存在します。

端からは立派な社会人に見えるような人でも、
心の中には子どもの不登校に通じるような問題を抱えている人がたくさんいるのです。

不登校の問題に限った話ではありませんが、
子どもの問題は大人社会の問題が子どもの社会に投影され、
それが子どもたちに入り込んでしまっていると捉えるべきなのではないでしょうか。


by. 桜井章一氏

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だから子どもが不登校になったからといって、
その子の精神状態がどうのとか、
人格がどうのとか、
そういったことを簡単に言えるものではありません。

子どもの不登校を解決するには、
しっかりと子どもを見守ってやり、
「あなたはひとりではない」
ということをまず分からせてやる必要があります。

人生というのものには人間関係を保つ上で、
譲ったり、受け入れたり、
面倒なことがたくさんあります。

でもその面倒を避けていては生きていけません。


by. 桜井章一氏

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不登校というのも、結局、
学校における先生や仲間たちとの人間関係の面倒さから逃げているのです。

だからまず、
親が面倒なことも面倒くさがらずに取り組む姿勢を普段から見せていく。

子どもはそんな親の姿を見て、
何かを学んでいきます。

人生の中で面倒なものから学べることはたくさんあるのです。


by. 桜井章一氏

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自我は2歳前後の時にははっきりとした形となって表れますが、
思春期には第二次の自我が発生し、
さらに強く他人を意識するようになります。

男性なら女性を、
女性なら男性を、
自己満足をかなえるために他人を意識し始めるのです。

そうやって子ども(恋愛)を押さえつけていけば、
当然そこに反抗、反撥が起こります。

しかしそれは生理的な目覚め、
新たな自我の目覚めでもあり、
人間として当たり前の反応でもあるのです。


by. 桜井章一氏

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アイデンティティがぐらつくこの世代は、
精神的にとても敏感かつ繊細になっています。

そんな子どもたちとどうやって接していけばいいのか。

それには彼らが発するサインを見逃さずに捉えることが大切になってきます。

家族は今の自分が生理的にもっとも欲する対象とは正反対のところにいます。

そこで家族を拒否するような感情が湧いてきたりする。

その否定が反抗につながってしまうようなこともあります。


by. 桜井章一氏

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