■運に選ばれる人 選ばれない人 -東洋経済新聞社-
自分で限界をつくることは、可能性を捨てることである。真っすぐの気持ちとは何事にも素直であることです。ひらたく言うと悪運とは他人の運を犠牲にして成り立つものです
そしてきつい状況を「厳しい」
というコトバでとらえず、
ひとつひとつダメなところをつぶしていけばいいんだという感覚で向かっていくことです。
西欧の近代的な考え方は、
実証されるものを大事にして目に見えない不合理なものを認めようとしません。
それに対して日本人は、
目に見えるもののさらに奥に真理のようなものを直観しそれを尊重するという文化を育んできました。
しかし、潜在能力というのは自分でも予測がつかないほど大きいものなのです。
by. 桜井章一氏
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潜在している力を信じれば、
誰でもそれを発揮出来るようになります。
「そんなものあるのかな?」
と思っても、
確かにあるのです。
自分の力はこのあたりかなと限界を感じても納得せず、
それを乗り越えてやろうと強く思えば思いがけない潜在能力が出てくるものです。
自分で限界をつくることは、
可能性を捨てることである。
by. 桜井章一氏
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“未来にとらわれた社会”、
今の社会を見ているとそんなことを感じます。
世の中のことはすべて必ず変化するので、
将来の確実な展望を読むことなど本来不可能です。
過去に執着せず、
かといって未来に一方的に期待せず今を一番大切にすることが、
過去の再発見とよりよき未来につながります。
未来の設計は、
①短期ですませること
②中期ですませること
③長期の展望を持つこと、
以上の3つの視点で考えます。
by. 桜井章一氏
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マラソンを短距離走のペースで走ったらバテるように、
内容と種類に応じて速度やペース、
所要時間を調整します。
そのすべての基点となるのは現在の時間です。
今という一瞬を深く感じ取ることによって、
地に足のついた未来の展望も可能になるのです。
おそらく「ひねる」という感覚が苦手なんだと思います。
by. 桜井章一氏
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そもそも「ひねる」という感覚は人間特有のものです。
人間は自然をひねって文化をつくりました。
ひねることをしない動物はひねくれていません。
人間社会においては「ひねる」ことは高尚なことに思われています。
by. 桜井章一氏
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物事はあまりひねらないでシンプルにしたほうがうまくいくのです。
ひねらない状態とは何かと言うと真っすぐな気持ちを持つということです。
大国の正義を見るとよくわかりますが、
自分が正しいと思っている人は人の言うことを素直に聞きません。
真っすぐの気持ちとは何事にも素直であることです。
by. 桜井章一氏
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ひねらないというのはそういうことなのです。
ひねるのをやめて素直になれば、
運はやってくる。
違和感があったり、
不愉快な気持ちにさせる人は世の中にいくらでもいますが、
そういう人をイヤだなと思うとそう思う自分がイヤになります。
「こんな性格になってかわいそう」と思うだけで違和感や不愉快さから救われます。
by. 桜井章一氏
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その人をどうにかしようと思うのではなく、
「この人は親の育て方や環境でこんなかわいそうなことになったんだ」
と考えるのです。
かわいそうな人は、
どこかで絶対かわいそうな人生を歩んでいるのです。
親の愛が足りなかったり、
間違えた愛を抱かされたり、
心を傷つけられたりしているのです。
たとえ強そうに見えても、
そういうものから自分を修正出来なかった弱い人なのです。
by. 桜井章一氏
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もし、そういう人が身近にいていいほうへ変えたいと思うなら、
今の状態でなく相手の生まれた時の環境までさかのぼって理解してあげる努力が必要です。
その人がふだん意識しない心の底にあるようなものまで引き出して理解してあげることです。
これは大変な作業です。
私の麻雀道場にやってくる若い子は親とうまくいかなかったというケースが多いのですが、
やはり生まれ育った環境まで知った上で理解するようにしています。
by. 桜井章一氏
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はじめに会った時に勘で、
ひとりっ子か、兄弟がいるか、
親はどんな仕事をしているか、
といったことまで大体わかってしまうので
「何も言っていないのに、なぜわかるんですか」
とよく聞かれますが、
そこからさらに進んで、
修正すればよくなると思うところを見つけてあげるのです。
本人がそれを自覚することが出来れば、
その子が持っている違和感は徐々に薄れていきます。
ストレスとは振り回されるものでなく、
自分が前へ進んでいくための燃料ぐらいに思ったほうがいいのです。
追われるという気持ちからは柔軟な発想は生まれません。
by. 桜井章一氏
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追われるという感覚を捨てて、
一つひとつやるべきことを整理して埋めていけば、
ストレスは減っていくはずです。
一つひとつをきちんと整理して片づけていくと、
それが自分の強さや信頼にもつながってきます。
でも冷静に見ると、
やらなければいけないと思っていることの多くは実際その必要がないのかもしれません。
そうしたものが正しく整理され、
するべきことが減れば、
これまたストレスをやわらげてくれます。
by. 桜井章一氏
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オモテ面のよさに目を奪われるとほんとうの運の意味がわからなくなってしまいます。
ひらたく言うと悪運とは他人の運を犠牲にして成り立つものです。
悪運というと、
見るからに悪人っぽい人がうまくやっていくさまを想像しますが、
そうした視点で眺めると、
ごく普通に見える人もどこかで少しずつ悪運を使っています。
ですから自分は悪いことをしていないと思っている人でも、
どこか必ず少しは悪人の部分があることを自覚しておくことです。
by. 桜井章一氏
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悪運にならないためには、
他力に頼る他力運を自分の力で運を招く自力運に変えていくことです。
みんなと一緒に何かをなしとげる協力運も自力運に入ります。
良運より悪運が幅を利かす時代です。
悪運はおうおうにして効率主義から生まれます。
by. 桜井章一氏
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楽とか便利を求めすぎると、
人をドンドン利用しようとか自分のために他人を犠牲にしてもいいという感覚や発想になっていきます。
その結果「正直者はバカをみる」
ということが本気で信じられたり、
「キレイごとではメシは食えない」
ということが言われたりするのです。
悪いことをしないのもひとつの愛であることを忘れてはいけません。
悪運があまりにも羽振りをきかせてそれに見慣れてしまったため、
現代人は悪運と良運の区別さえつけられなくなってしまっているのです。
by. 桜井章一氏
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