20代で「極める」なんてことはあり得ない。一方、視野を広げ、自然界という大枠で世の中を見ると、「成功」というものは存在しない

■きみに努力はいらない -大和書房-

20代で「極める」なんてことはあり得ない。一方、視野を広げ、自然界という大枠で世の中を見ると、「成功」というものは存在しない

自分らしい生き方を見つけたいのであれば、
言葉についても自分自身に見合ったものを見つけたほうがいい。

その言葉は、
自分の人生の道しるべとなるようなものとなるだろう。

すでに手垢のついた流行語や新語ではなく、
自分だけの言葉を探すべきだ。

会社に勤める自分というのは、
人生の中ではほんの一部分でしかない。


by. 桜井章一氏

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そのことに気づかずに、
会社の体質に飲み込まれ、
本来の自分を知らず知らずのうちに見失ってしまう人が実に多い。

そしてあるとき振り返ってみると、
遠い昔に「自分」
というものを捨て去っていたことにはたと気づくことになる。

社員に理不尽なことばかり要求するブラック企業で働いていたとしても、
自分のよりどころとなる言葉をしっかりと持っていれば、
「何かがおかしい」と気がついた時点でそこから抜け出そうという考えが頭に浮かんでくるはずだ。

ここでいう言葉とは、
自分の信念と言い換えてもいい。


by. 桜井章一氏

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こうした恐ろしい事態を避けるには、
まずは今いる世界を一度否定的に見てみる必要がある。

それをせずに、
現状から抜け出すことは難しい。

一度リセットした状態で、
改めて自分が信じるべき言葉を探してみることだ。

20代で「極める」なんてことはあり得ない。


by. 桜井章一氏

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いや、60歳や70歳になろうと、
人が何かを極めることなどない。

だがこれ(成功)は、
人間界という狭い世界の中だけで起きている現象と言っていい。

一方、視野を広げ、
自然界という大枠で世の中を見ると、
「成功」というものは存在しない。

ただし、「成功」はない代わりに、
「成長」はある。


by. 桜井章一氏

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成功というのは、
成長の末に勝手について回ってくるもので、
意図的に得ようとするものではない。

だが、成長だけでなく成功もさせたいと考える親は多く、
彼らの欲が子どもの将来を危ういものにしていく。

だから一切、
成功を手に入れたいと思ったことはなかったし、
むしろ毛嫌いするくらいの気持ちだった。

ただし、そういう特殊な場では考えさせられることも多く、
自分が成長しているという意識はあった。


by. 桜井章一氏

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■人は八割方悪である -竹書房- 生きることは相対的なものであり、相互感や全体感を持つことが大切だ 子どもが...

それを感じ取れたことは貴重だったが、
私は一貫して物質的な実利を求めるようなことはしなかった。

私自身のことを考えてみても、
麻雀の道ではずいぶんと実績を残し、
おそらく日本ではトップクラスだろうという自負はあるが、
それでも麻雀を極めることができたかというと、
とてもそんなことを言う気にはなれず、
まだまだと思うことがたくさんある。

だからこそ、
いくつになっても麻雀を面白く感じるし、
成長することもできる。

人は死ぬまで、
すべての事柄において成長できるものなのだ。


by. 桜井章一氏

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これからまだまだ伸びるのに、
「極めた!」と言ってしまったら、
その時点で自らの成長を放棄してしまうことになる。

一歩、学校という世界を飛び出すと、
世の中を渡り歩くための定理などは見当たらない。

世の中、どんなにもがいたところで、
100%確定されたものなどない。

思うに、多くの人が、
明日も今日と同じ日がやってくると錯覚しているのではないか。


by. 桜井章一氏

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だが、人生は、
計算どおりに進んでいくものではない。

そうした錯覚を植え付ける場所の1つに、
学校があると私は考えている。

錯覚を植え付けられた子どもたちが将来どうなっていくかというと、
会社のルールや仕事のマニュアルなどを確かなものであると信じるようになり、
安心感や安定感を求めようと必死になる。

確かに、こうした「定理」
は机の上では完璧かもしれない。


by. 桜井章一氏

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■雀鬼流。~桜井章一の極意と心得~ -三五館- 心は閉じずに素直に開き、勇気をもって行う。積極性を重ねることが「継続力」となり、そ...

ところが、実社会では学校で覚えた定理なんてものは役に立たないことのほうが多い。

そうした厳しい現実を目の前にして、
手も足も出なくなってしまう若い人たちが数多く存在する。

そもそも、会社のルールや仕事のマニュアルというものは、
人生の指針になるような深みのあるものではない。

100%という確証が得られないこの社会で生きていくためには、
その状況を一度受け入れてみるしかないだろう。


by. 桜井章一氏

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最初は不安を覚えるかもしれないが、
それが現実なのだ。

そもそも、世の中に存在する事柄は、
答えのないものばかりだと言ってもいい。

つまり、正解もなければ不正解もなく、
解釈次第でどうとでも判断できるもので埋め尽くされているのだ。

こうした状況では、
自分自身の考え方が非常に重要になる。


by. 桜井章一氏

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ある一定の思考にとらわれず、
自由にそして柔軟に物事を捉える習慣を身につけていくことが求められるのだ。

世の中の情勢は刻一刻と変わっていく。

昨日まで正しいと思っていたことが、
実は間違っていたという事態も十分に起こり得る。

安心や安定を求める気持ちはわからなくはないが、
そうしたものは基本的に存在しないと思っておいたほうがいい。


by. 桜井章一氏

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■雀鬼流。~桜井章一の極意と心得~ -三五館- 私などよりもはるかに偉大な自然という教師にまかせたらいいのではないか ...

それができれば、
何かに必死にしがみつこうとすることもなく、
冷静なスタンスを保ちながら生きていけるはずだ。

数学の公式というのは、
人間社会に似ているなと思うことがある。

難しい公式になると、
あちこちに( )(かっこ) があり、
この中に納まった数字は管理されて、
自由に外に出ていくことができない。

たが、その中に入っている限り、
バラバラになることもなく、
安定だけは保障されている。


by. 桜井章一氏

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さらに言うと、
( )の中に入っていると先に計算してもらえるという利点もある。

多くの人が、
( )の中にぜひとも入りたいと願っているのではないか。

確かに( )の中に自由はないが、
安定は保障され、
しかも( )外の数字よりも優先して扱われるのだ。

だが私は、
いくら不利な状況であっても、
( )の中には入りたくない。


by. 桜井章一氏

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カウントされるのなんてあとでもいい。

むしろいつまで経ってもカウントされず、
脇に置き去りにされたままでも構わないと思っている。

安定が保障された( )の中に入れるというのに、
どうして入らないのかと思う人もいるかもしれないが、
一度( )の中に入ってしまうと、
自分の意思に従って生きていくことが難しくなるのは目に見えている。

ある時に急に窮屈さを感じてそこから出たいと思っても、
それができない状況に追い込まれてしまうこともあるだろう。


by. 桜井章一氏

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