■きみに努力はいらない -大和書房-
どんな分野に身を置いても、そこから離れ、まったく異なる世界の人との付き合いを大切にするべきだ。視線を落とすところは、もっと先にあることに気がつかなくてはならない
多少の差はあれ、
会社に就職するということも( )の中に入っていくことと同じではないだろうか。
だがその反面、
会社によって固定されることを覚悟しなくてはならない。
また、( )の中に入ることで、
多くの人が徐々に自由に鈍感になってしまっている。
そうならないためにも、
普段から「窓を開けてみる」
という作業が必要になる。
by. 桜井章一氏
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( )の世界がすべてと思うのではなく、
窓を開けて外の世界を眺めてみるのだ。
違う業界にはどんな人がいるのか、
隣近所にはどんな人が住んでいるのかなど、
少しの余裕を持って見渡してみればいい。
by. 桜井章一氏
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ここで伝えたいのは、
会社のような組織に入り、
そこで何の疑いも持たずに流されるまま過ごしていると、
いつしか自分というものを喪失し、
自由を失ってしまう恐れがあるという事実である。
そうならないためには、
常に( )の外があることを気に留めなくてはならない。
ただし、たとえ( )の中に入ったとしても、
その中にどっぷりと浸ってしまうことだけは避けるようにしたほうがいい。
そもそも地球の長い歴史を考えれば、
固定観念というものが生まれたのは、
つい最近のことなのではないか。
by. 桜井章一氏
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固定された考え方がはびこるようになったのは、
農耕社会が形成され、
権力者や為政者が権勢を振るうようになってきてからのことではないだろうか。
農耕社会の誕生は、
今から約1万年前とされているので、
それを考えると、
ヒトの歴史の中ではほんのつい最近のことと言える。
にもかかわらず、
ヒトの進化と共に誕生したこの固定観念が、
人間の思考活動を著しく停滞させてしまっているのである。
ところで、
こんなことを急に言うと風変わりに思われるかもしれないが、
私はしばしば過去の世界に旅に出る。
by. 桜井章一氏
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さすがにタイムトラベルができるわけでないので、
あくまでも空想の中で過去に旅立つのだ。
特に私が思いを馳せるのが、
ヒトが誕生したばかりの頃の地球である。
その世界に自らの身を置き、
そこから今の世の中を眺めてみると、
どうしても進化や進歩に違和感を抱かざるを得ない。
それ(進歩の恩恵)を重々承知の上で言うのだが、
進歩によるプラス面の陰に潜む大いなるマイナス面を常に感じるのだ。
by. 桜井章一氏
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第2章でも少し触れたが、
私たちは進歩と引き換えにいろいろなものと失ってきた。
進歩というのは、
便利さと言い換えてみてもいいのかもしれない。
だが、そうした便利さを追求していった結果、
数多くの問題も抱え込むようになってしまったのも事実だ。
しかも、便利さは欲望と一緒で、
一度味をしめたら際限なく求めるようになる。
by. 桜井章一氏
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まず言えることは、
どんな生き方をしていようが、
生きている限り不安がゼロになることはないということだ。
その中でできることと言えば、
抱え込んだ不安を小さくしていくことしかない。
周りの人たちが不安を訴えても、
そうした声に惑わされず、
たいしたことではないと自分に言い聞かせていくしかない。
不安という感情は主観的なものであり、
心配するほどではないと思えば、
次第にそう思えてくるものなのだ。
by. 桜井章一氏
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どんな分野に身を置いても、
そこから離れ、
まったく異なる世界の人との付き合いを大切にするべきだ。
だが、話をしてみると、
古武術にしても麻雀にしても底の部分でしっかりとつながっていると感じられるのだから、
これが実に面白い。
身体全体のバランスを常に考え、
間やその場の流れというものを敏感に感じ取りながら勝負していく。
じっくりと話をしてみてわかったのは、
将棋の世界にも一局における相手との勝負を超越した次元での、
別の勝負の哲学が存在しているということだった。
by. 桜井章一氏
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お互いの専門分野はまったく異なるが、
同じ理念を持っている相手との会話は、
常に刺激に満ちており、
得ることも多い。
バックグラウンドの違う人たちから認められるということは、
ある特定の業界だけに通用する考え方に染まっていないということであり、
バランスが取れている証とも言える。
さらに、専門が違う人たちと意見を交わすことで、
今まで気がつかなかった考え方に目覚めることもあり、
いろいろな意味で勉強になる。
内にばかり目を向けるのではなく、
外に目を向けて行動していったほうが実りも大きいということを一度実感してみてほしい。
by. 桜井章一氏
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人のやることを見たり、
親の知恵に触れながら育った子たちは、
機転が利き、動きも早い。
若いころというのは、
家の土台を築いていく段階に似ている。
ここがしっかりしていないと、
その上に建つ家がぐらついてしまうのと同様に、
その後の人生もガタガタしたものになってしまうのだろう。
よく言われることだが、
10代から20代の時間というのは、
人の一生のうちでも非常に大切なものなのだ。
by. 桜井章一氏
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ここでしっかりとした基盤を築いておけば、
その後の40代、50代をうまく乗り切ることができるようになる。
「羽生さん、あなたが7冠を取ったのは25のときだよね。
あれはね、正直言って偽物だよ」
私が伝えたかったのは、
「まだまだ基盤を築いているときだから、
本物の成果はこの後にやってくるよ」
ということだった。
その後、羽生さんが40歳になったときには、
私なりのエールを送っている。
「これから本物の羽生さんが出てくるよ。
そこでどう勝負するかだ。
楽しみにしていますよ」
by. 桜井章一氏
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20代で多くのことを得た彼は、
今、本物になっている。
きっとこれからもすごい活躍をするだろう。
人生は10代後半から20代
にかけての下積み経験があってこそ、
自分を成長させることができる。
気力、体力がある時期に、
成長を感じながらコツコツと土台をつくることを怠ってはいけない。
by. 桜井章一氏
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視線を落とすところは、
もっと先にあることに気がつかなくてはならない。
プライドをつぶされないように必死になっている若い人をよく見かけるが、
そのプライドが土台づくりの邪魔しているのだ。
通常であれば、
「若いころに勉強しなかったために、
取り返しのつかないことになった」
と言って焦るのだが、
道場では
「勉強ばかりやっていて、
取り返しのつかないことになった」
と嘆く姿を見ることができる。
これこそが「知恵」と「知識」
の違いなのだと思う。
by. 桜井章一氏
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人のやることをちゃんと見たり、
知恵に満ちた親の言うことを聞きながら育った子たちは、
やはり様々な場面で機転が利き、
動きも早い。
学歴や肩書だけにとどまらず、
収入や身に着けているもの、
出自などに固執してしまう人は多い。
ただし、そうしたものをいつまでも背負っていると、
いずれそれらに自分自身が縛られるようになるものだ。
そしてそれがあなたの限界点となる。
そんなものは早く打ち捨てて、
もっと根源的な人間としての能力を育んでいったほうがいい。
by. 桜井章一氏
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